FUDGENA

ある日の本屋での昼下がり

3歳になる姪っ子の誕生日プレゼントを買いに、本屋の絵本コーナーにやってきた。

本屋は大好きなんだけど、思えば絵本コーナーってなかなか立ち寄らないね。
久しぶりに立ち入るその場所は、全体的にパステル調で、子どもたちの底抜けに明るい声が響く空間。知らないおはなしにまん丸な目をきらっきらさせる子どもたちに、それをアルカイックスマイルで見守る親たち。

この空間を構成するのはラブアンドピースの成分だけ。その混じり気のないイノセントに、わたしなんかはくらっとくる。ねえ、お願い、そこの長靴の男の子(外はこんなに晴れているのになぜ長靴?)。お願いだからそんな目でわたしを見ないで。

 

背の低い書棚に並ぶひらがなの優しげな丸みですでに「うっ…」となっていたわたしは、そこに見覚えのある背表紙を見つけた。

 

いわゆるミッフィーの絵本シリーズ。

懐かしい正方形に、カラッと明るい配色。ああ、これ、この絵本。私も子どもの時に持っていたのですよ。その時、遠い記憶が洪水のように押し寄せてきて、気がつけばふかふかのお布団に包まれた小さな子どもにタイムスリップしていた。

母の隣を兄弟よりも先に陣取ることに成功し、読み聞かせをねだる夜9時。優しい小声で紡がれる物語とページをめくる微かな音。楽しくて、嬉しくて、もっと起きていたいのにだんだんと重くなっていく瞼。遠のく意識。あまりにも幸福な思い出。

いかん、これでは絵本コーナーで佇んで涙を流すただの不審者になってしまう。と、近くにあった『おしり探偵』の尻の割れ目を凝視して耐える(十分不審者じゃん)。

 

大人にこそ響くミッフィーの絵本

1955年にオランダのユトレヒトで生まれたミッフィー。

オランダ語では「ナインチェ(オランダ語で「うさちゃん」の意味)」、日本語では「うさこちゃん」としてシリーズ化している絵本は不朽の超スーパーロングセラー。

生みの親はオランダの絵本作家(というよりもアーティスト)のディック・ブルーナ氏

 

ミッフィーはなぜそこまで愛されるのか。

キッズ用の小さな椅子に座り、ちびっこたちに挟まれながら、不審がられること承知の上でそこにあったミッフィーの絵本シリーズを分析したところ、その理由はずばり「シンプルの純度」にあると見た。(本屋さんそしてちびっこたち、本当ごめん)

 

めちゃくちゃシンプルなミッフィーの絵本。
けれど、そのシンプルさに、単純で浅い印象は決して受けなかった。むしろ、緻密でものすごく純度の高いものに思えた。

その印象が気になって後日改めてミッフィーについて調べてみると、「絵本なんてどうせ子ども向けでしょ」と侮ることなかれ、そこに込められた作者・ブルーナ氏のこだわりと哲学がすごいんである。そして子どもの頃には素通りしていたミッフィーの魅力が今になって大人の私たちにグッサグッサと刺さりまくるんである。

今回はそんな刺激的な「シンプル」の作り方のおはなし。

 

その1「色」

ミッフィーの絵本といえば、まず特徴的なのが「色」。
カラフルで豊かなミッフィーの世界を構成するのは、実はたったの6色だけ。

赤、青、黄、緑の基本の4色と、茶、灰の表現のための2色。
それらは「ブルーナカラー」と呼ばれ、絵本に印刷される際の微妙な色味までしっかりこだわり抜かれている。

色そのものが持つ力をとことん信じているブルーナ氏。
そこには修行時代にフランスで出会ったあの有名画家の影響が見てとれる。

アンリ・マティス。
マティスの作品における色の組み合わせとその効果を目の当たりにした若き日のブルーナ氏は、自身の作品の方向性を強く決心し、それが後にブルーナカラーの確立へと繋がる。

たった6色で森羅万象が描かれるミッフィーの世界。もっとたくさんの色が使われているこの現実世界よりも、よりカラフルで豊かに見えるから不思議。

 

その2「線」

次に注目したいのが「線」。
縁取りの黒い線をよく見てみると、どれも完全な直線ではないことがわかる。

少し震えるような「揺れ」。ここにも実はブルーナ氏の強いこだわりがある。

 

彼が絵を描くときの制作工程はこう。

①スケッチ:1枚の絵を描くために、まずは実物のスケッチから始めます
②下絵:不要な線を省いて単純化した形や構図を下絵としてトレーシングペーパーに描いていきます。何度も何度も描き直します。
③なぞり:ようやく決まった下絵を、今度は少し厚みのある紙の上に乗せてなぞっていきます。
④筆描き:紙にできた跡の上を筆でなぞっていきます。

 

ブルーナ氏は1枚の絵を描くにあたって、膨大な量のスケッチや下描きを繰り返したそう。

余計なものを省いて、削ぎ落として、簡略化していく作業をこれまた気が遠くなるほど続ける彼が目指したのは、イデアに近い究極のシンプル。シンプルであるがゆえに、ちょっとした誤りやバランスの崩れが致命傷になってしまうし、シンプルであるからこそ、本質をしっかりと捉えていないと力のある絵にならない。
簡単そうに見えるものほど手が込んでいて難しいって、まんま人生じゃん(単純)。

そして筆描きの時には、点と点を繋ぐように、じっくりと時間をかけて慎重に線を引いていく。
ゆっくり慎重に引くほど線が震える。この震えにこそ宿る、感情、心臓音、時間、祈り、名状しがたいその他諸々。「グッとくる」なんて一言で済ますのは憚られるけれど、ええ、グッときます。

 

その3「構図」

ミッフィーの絵本は決まって正方形。その正方形の世界のどこに登場人物たちを存在させるのか。ミッフィーの絵本の「構図」は、実に思い切りのあるものが多くてハッとさせられるんだけど、おそらく最も効果的に働いているのが「余白」。

 

紙面という限定的な世界に多くを詰め込みすぎないで、あえて残された余白。何も描かれていないはずなのに、このドラマチックな予感は一体何なのか。

余白を最大限に生かす彼の特徴は、絵本制作を始める前、出版社でブックデザインを担当していた時代に手がけた「ブラック・ベア」シリーズにも見られる。

 

余白には、「無い」が有る。
「無い」は紙面の制限を振り切って、どこまでも伸びやかに広がっていく。その無限の空間は、わたしたち読者のために残されているのだ。わたしたちの、想像力のために。

 

その4「表情」

改めて絵本を眺めていると、あることに驚かされる。
それは、ミッフィーをはじめとするキャラクターたちがどんな時でも基本、無表情であること。

ふつう絵本の中だと登場人物が割と表情豊かだったりするけれど、ミッフィーの世界では、目を見開いたり口を大きく開けたりするような、わかりやすい感情表現は誰もしない。チュンとした小さな目と、いつでもキュッとつむった口。もしこれが実際の人間であれば無愛想もいいとこ、これでバイトの面接なんか行ったら秒で落とされること必至だよ。

 

でも不思議なことに、ミッフィーの無表情は特別だ。
表情がなくても、ミッフィーが今喜んでいるのか悲しんでいるのか、読者にちゃんとわかる気がする。もちろんあらすじや話の流れでも読み取れるんだけど、なんかもっとこう、空気でわかるみたいな、そんな感じ。

 

たとえばミッフィーが泣く場面。
どんなに悲しくても、顔を歪めたり、大声をあげて泣いたりはしない。涙の雫も1つか2つしか描かれていないことが多い。

だけど、ミッフィーの感じている悲しみや寂しさが小さな子どもにもちゃんとわかるようになっている。説明するでも補足するでもない。その1粒こそが、一番最初に流れ落ちる1粒であり、一番最後に残った1粒であるというのが、自然と伝わるからすごいのだ。

 

それにしても、と思う。

思い返せば、子どもの頃はミッフィーが無表情であることすら気付いていなかった。嬉しい悲しいだけでなく、その無表情からもっと感情の機微やグラデーションを読み取っていたはずなんだ。

「口を開けて笑っている→とても喜んでいる」「たくさん涙を流している→それだけ悲しい」みたいな、わかりやすい見た目や解釈に飛びつきがちなわたしたちは、大人になるうちにせっかちで鈍感になっちゃったのかなあと、少ししんみりしてしまった。

 

おわりに:純度100%のまなざし

丹精込めて作られた、純度の高いシンプル。

そういえば昔持っていたミッフィーの絵本は誰が買ってくれたんだろうとふと気になって、実家の母に電話して聞いてみたけれど、結局わからずじまいだった。「お母さんが子供の頃から家にあったから」とのこと。
そのうさぎは、どこからか軽やかに跳んできて、いつの間にか近くにいたということだ。

 

さらに母が「まだ家にあるよ」と言うので、久しぶりに帰省。押入れの中を捜索したら、奥の方から正方形の絵本が出てきた。嘘なんてまだ知らない小さな子どもの目でまっすぐにこっちを見る無垢なうさぎを、真正面からじっと見つめ返す。

なんの混ざり気もない純度100%のこのまなざしを、目を逸らすことなく受け止められる人間でいたいと思う。

 

誕生65周年記念「ミッフィー展」

7月23日(木)〜8月10日(月)
松屋銀座 8階イベントスクエア(東京都中央区銀座3-6-1)で開催中

 

カトートシ

1991年生まれ

大学時代は文学批評を専攻。

書店員や美術館スタッフ、カナダでのライター経験を経た後、

2018年よりカトートシとして活動を開始。

現在は大学で働く傍ら、カルチャー関連のエッセイ等を執筆。

カトートシという名前は、俳人である祖父に由来するもの。

Instagram:@toshi_kato_z

 

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