ONKUL

お客さんとお店の人とのあいだで交わされることば、寄せあうこころ、言えなかった胸のうち。そんなささいなエピソードを、ショートストーリー仕立てでお届けする連載。ホントかウソかさえもあいまいな、それさえもふわふわと楽しんでください。

あんなにも、あんなにも。

「むりむりー」と抵抗のあったことが意外といけて、しばらくすると何ごともなかったように、すっかり暮らしとこころに馴染んでいる。たとえばたった5年前「カメラはフィルムじゃなきゃ!」とあんなに思っていたのに、今じゃデジカメを嬉々として日々使う自分がいる。スマホもそうだし、ネットもそうだ。まわりには「アナログ人間なもので」とうそぶきながら、げんきんだねあんた、と男は自分で自分をこづく。

最近でいうと、いわゆる「リモート」というやつで、「行かなきゃだめ」とか「会わなきゃだめ」と思っていた牙城が今や、男の中でみるみる崩れつつある。どころか、来て欲しいと言われることでも「そんなん行かんでええんちゃうの」と、すでに思っているふしさえある。

それでも、それでも。

いまだもって往生際悪く「むりむりー」と抵抗し続けてるのがお店だった。とくに飲食店。今はテイクアウトやデリバリーできるところも増えているけれど、そういうことじゃないんだよなーと男は思う。作っている人、もてなす人、食べている人が同じ空間にいて、同じ空気とともに、おいしいものを味わうのがいいわけで、それは何ものにも代えがたい楽しみである!と信じていた。

そんなある日のこと。

インスタを見るともなく、指をつついと流していると、最近好きになったコーヒー屋さんの投稿に出くわした。そこには店の休業のお知らせとともに、店主の胸のうちがせつせつと綴られていた。

まわりの人やお客さんへの感謝の言葉からはじまり、ここに到るまで、本当にすっごく悩んだこと。「来て欲しいですが、来ないでください」とも言えず、アポイント制にしようかとも考えたこと。今決めた自分の決断が正しいかどうか、何がいいのか、もはや分からなくなっていること。

「でも。こんな時だからこそ、一杯の珈琲でゆっくりと心穏やかなひと時を過ごしていただきたい!と思い、豆の通販を行う事にしました」

と締められていた。もちろんこれはインスタで手紙でないけれど、最後の一文には、万感の思いがこめられた、筆圧のようなものが感じられた。

 

男はこれを読んで、目をくるりと回した。

そういえば、たまたま家のコーヒー豆がもうすぐ切れるところだった。たまたまここのコーヒーがまた飲みたいなぁと思い、たまたま通販を始めるというし、たまたま今は時間もあるし、家にもずっといるので、じゃあと注文してみることにした。

インスタのDMでその旨を告げると、ほどなくして返信があった。感謝の気持ちと、慣れない作業でお待たせしてしまうかもしれませんという文面だった。男はゆっくりでかまわないと返信した。

 

そして1週間ほど経ったある朝。

マンションの1階にあるポストに近づいた瞬間、むわわ〜んと香ばしいにおいが鼻に押し寄せてくるのを感じた。ポストを開けると、そこにはレターパックがあり、中身の欄に「珈琲豆」と几帳面そうな字が書かれていた。

そそくさと家にもどり、封を開けると香りはさらに充満した。お湯を沸かし、豆を挽き、ドリッパーにセットし、お湯をちんちんちん、と少しずつ注ぐ。すると表面がおまんじゅうのようにふくらみ、つれて男の胸も香ばしくふくらんだ。

毎朝使っているマグカップ。

そこにコーヒーを注ぎ、いざ飲もうとすると、スマホに何やら表示が出ているのが見えた。コーヒー屋さんが、ちょうどライブ配信をするというお知らせだった。

タップすると、モニターにはアナログレコードがゆっくりまわっているのが映っていた。そしてくぐもったような、あたたかなメロディが流れだした。

男はそれを聴きながら、コーヒーをひとくち飲み、そっと目を閉じた。

 

Inspired by 珈琲花坂

Text and Photo by Mituharu Yamamura(BOOKLUCK

 

Mitsuharu Yamamura(BOOKLUCK)

カフェやフード、旅ものなどのジャンルを得意とする
ライフスタイル系エディター。東京と福岡にベースを持ち、
現在はリフレクソロジストとしても活動している。
Instagram @bookluckandgo
http://bookluck.jp/

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