ONKUL

高速道路を降りて、田んぼの間に民家が点在する川のそばを車で走ること数分。一見通り過ぎそうな場所に、手づくり感のある看板と幟が見えてくる。畑やビニールハウスの間を車で少し登った先にあるのは、「HIROSHIMA NOH BREWERY(ルビ:ヒロシマ ノー ブルワリー)」の醸造所兼ショップ。DIYの温もりを感じられるお店で待つのは、オーナーの岡田アントニールイスさんだ。

 

奥さま考案のレシピを元に作る「お母さんが飲みたいビール」

 

“風が通り抜けるような、すっきりとした爽やかさ”

これは私が初めて、岡田さんのビールを飲んだ時に感じたこと。それまでは、ビールは好きだったけれど、喉越しやフルーティーさが前面に出るようなものしか飲んだことがなく、クラフトビールはあまり馴染みがなかった。

そんな中出会ったこのビールに衝撃を受け、その爽やかさの秘密やこだわりを聞いてみたくなって、今回取材させていただくことにした。

ビールのレシピは、岡田さんの奥さまが考えている。もともと大のビール好きだというふたり。年に1度は必ず、鳥取県にある大山の地ビール工房に行くのが楽しみだという。以前から「いつかビールを作ってみたいね」と話していた。「それなら、いつかじゃなく今やろう」と岡田さんが奥さまを誘ったことも、ビール作りを始めるきっかけになった。

ビールのコンセプトとして大切にしているのは「食事に合うこと」。食事を作るという面でいえば、おそらくお母さんが一番多いと考え、30〜40代の女性の方が飲んで「美味しい」「また飲みたい」と感じてもらえるビールにすることを心がけているという。そうすれば、自然とお酒を飲まなくなっている若い層にも飲んでもらいやすいのでは、と考えている。

 

食事に合う秘密は、農産品を使った自然由来の香り


お店に入る角にある、この看板が目印

岡田さんがこのブルワリーを開業したのは2022年。もともとは農家で、自分達の小さな畑で取れる野菜を、なるべく無駄にせず使い切ることを目的に、売り物にできない野菜などを加工した商品を製造していた。やがて、周りの農家さんからも、傷ものの野菜を買い取って加工品にするようになり、地域の特産品でもある「三次ピオーネ」などの果物も、糖度不足などの原因により廃棄されている現状を知る。ただ、そもそも甘くないものを、加工して商品にするのには抵抗があり、なんとかできないかと考えるうち、ビールに加工することを思いついたのだそう。

クラフトビールの原料は主に、「モルト(麦芽)」「ホップ」「酵母」「水」。クラフトビールの甘味は「モルト」が鍵を握るため、果物の甘味の度合いはあまり影響がなく、果物としては味に問題があっても、香りがうまく抽出できれば、ビールにはじゅうぶん使えるのだそう。野菜や果物を、その特徴に合わせて加工し麦汁に混ぜて仕込んでいくことで、それぞれの良さが発揮された美味しい一杯に仕上がるのだ。

 

こだわりは、原材料だけでなく、ラベルにも。統一されたシンプルさには、“先入観なくさまざまな味を楽しんでほしい”という想いも込められている。

常に進化しているのがこの「HIROSHIMA NOH BREWERY」の特徴でもある。お客様からの意見をもとに改良を重ね、どんどん美味しくなっていくというのも、“ビール好き”が作るマイクロブルワリーならではの楽しみだ。

 


今回私がセレクトしたのは、左から、一番人気のMochimugiGOLD、瀬戸内産の八朔を使用したHASSAKU SAIZON、三次市のピオーネを使用したKaoruPione。

 

名前と顔が一致する場所で、暮らし働く楽しさ

岡田さんは広島市出身。県外の大学を卒業後、広島に戻ってホームページ作成などを行う会社を起こした。その後縁あって、三次市の地域おこし協力隊として移住し3年間活動。その中で就農し、協力隊の任期終了後も引き続き三次市で農家となった。

その時この町に残るきっかけとなったのは、“居心地の良さ”。「自分の暮らす町に、顔と名前が一致する人がどんどん増え、発想の面白い人たちとも繋がってとても居心地が良かったんです。そんな人たちと、これからも関わっていきたいと思って、そのまま三次に残りました。」

 


岡田さんの畑。奥にあるハウスではメロンやスイカを栽培。果実としての出荷だけでなく、ビールに加工することも目指す。

 

夢は言わない。やり抜く目標だけを口にして、形にすることが好き。

幼い頃から、カードゲームのカードをお金に見立てて、子どもたち同士で「商売ごっこ」をして遊んでいた岡田さん。そのルーツは祖父にある。アメリカにいる祖父は、有名なアイスクリーム会社を経営していたという経歴があり、母方の祖父も経営者という家系だった。お父さんは寡黙な人だったけれどDIYをするのが好きで、子どもながらに何かを形にすることが面白そうだと感じていたという。

今後は、三次市中心部に直営のビアバーをオープンすることが決まった。「やりたいことを夢として語ることはなく、できる状態になったことしか口にしない」というモットーの岡田さん。次の展開を語る眼差しは、優しく、そしてとても楽しそうでいきいきしていた。


大きな寸胴鍋で麦汁を仕込みながら「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と言っているという。岡田さんの想いがたっぷり詰まったビールをぜひ味わってみてほしい

 

◎店舗情報

HIROSHIMA NOH BREWERY

 

築100年の納屋を、仲間と共に改装してブルワリーに。直接購入するほか、ここから配送もできる。来店の1週間前までに予約すれば、ビールサーバーでの提供もしてもらえるので、友人や家族と一緒に、ここでビールを楽しむことを目的にお出かけするのもおすすめ。ふらりと飲みに訪れる、地域のおじちゃんたちとの交流も楽しんで。

 

住所:広島県三次市吉舎町海田原917番地

TEL:050-5359-2459

Instagram:@hiroshimanohbrewery

HP:https://hiroshima-noh-brewery.com/

 

営業時間 10:00 – 17:00 

定休日 日曜日、月曜日

アクセス

尾道松江道 吉舎ICより車で4分

福塩線 吉舎駅より徒歩33分

 


 

Text 花谷千尋(土とことば)

Instagram @chir_n

地域に根ざした人々との出会いが大好きなフリーライター。

おいしいご飯と酒、猫、暮らしのまわりのことが好き。

ライフワークとして写真とことばの作品制作ユニット「壱と千」としても活動中。

 

Photo 川本理壱(ADREACH)

 

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