ONKUL

お客さんとお店の人とのあいだで交わされることば、寄せあうこころ、言えなかった胸のうち。そんなささいなエピソードを、ショートストーリー仕立てでお届けする連載。ホントかウソかさえもあいまいな、それさえもふわふわと楽しんでください。

父はどこに行っても

何かひとこと余計なこと言わずにはいられない性格で、まだ生きていた頃、息子である彼はしょっちゅう恥ずかしい思いをしていた。

薬局に行けば「おばちゃん、一番安くて一番効く栄養ドリンクくれるか」、たこ焼き屋に行けば「できる限りおまけしといて」と言い放つ。そして、決まってニヤリと笑う。それはまさに、今で言うところのドヤ顔で。

その厄介な性質を、まっすぐに受け継いだのは彼の姉だった。まだ会って間もない人に対して「私の夢はオナラでパンツを破ること」などと、ドン引きするようなことを平気で言い散らかす。そして、決まって真顔になる。「何も私、へんなこと言ってませんけど」とでも言いたげに。表現は真逆だけれど、それもまたドヤ顔に他ならないのだった。

で、彼はどうなのか。

父親や姉から無数の“空気を読まない発言”に肝を冷やしたゆえの「言わない派」か、やはり蛙の子は蛙の「言う派」か。しいて言えば「その中間派」だった。一定の性格は引き継いでいるものの、「言う」か「言わない」かは、とても慎重にTPOをわきまえた。つまり彼はそのおかげで、その場が「言える」空気に包まれているどうかを、すぐさま察知するのが得意となった。

そんな彼が暮らす街に、新しいお店ができた。

おそらくコーヒースタンドだろうか。自転車で通りすがったところを見ると、こざっぱりとして抜けがよく、なんともよさげな風情を醸している。彼は少し迷ったあげく、思い切って立ち寄ることにした。

入る時は、いささかの緊張を伴った。というのも、こうして初めてお店に訪れた時の印象というは、その後のお店との付き合いに大きく影響するからだ。「行きつけ」になれるかどうかの一大瀬戸際。それは決してこっちの話だけでなく、お店のほうからもふさわしい客かどうかを試されるので、おたがいさまだった。

中はとても自由な場所だった。

なんというか、広くはないけれど押し付けがましさのない、心地のいいあいまいさがあり、彼はそれをとても好ましく感じた。ただルールを決めて欲したがる日本人のなかには、あるいは戸惑う人もいるかもしれないと思った。

その点、海外の人は違う。こういう場における居ずまいがめっぽう上手いのは、経験則的に知っていた。そのあと訪れた若い欧米人のカップルが、まさにそうだった。するーりと、なんのてらいもなく入ってきたかと思うと、雑貨やペイストリーをふらりチェックしたり、本をぱらりめくったりしながら、場を泳ぐように使いこなしていた。彼もまた、その自由な空気におもねるように、空間を楽しんでいた。

そこでふと、エプロンに目が留まった。

ちょうど自炊に目覚めたばかりの彼は「こんなエプロンで料理したら、こなれ感出せそう」と、じーっと見ながら妄想を膨らませていると、後ろから声がした。

「それ、デニムなんですけど。オーナーが岡山出身でデニムの産地なんで、オリジナルで作ったんです」振り向くと、さっきまでコーヒーを入れていた男性のバリスタが、黒目がちの目を揺らしながらニコニコとしていた。

今どきのコーヒーショップにはキラキラと眩しすぎるバリスタが多いけれど、そのスタッフは素朴で(失礼)、彼をひとわき安心させた。

「洗うとこんなふうに色落ちして、いい味わいになるんです」と、そのバリスタは言いながら、自分の着ているエプロンを持ち上げる。彼はその色落ちぐあいもさることながら、お腹のところにべったりとついている汚れが気になって、じっと見ていた。するとそこに気づいたバリスタが「すいません、汚しちゃって」と照れながら、少しふくらんだお腹をさする。彼がすかさず「ま、それも“味わい”ですよね」と言うと、「そうです。味わいです」と、おどけたように返すバリスタ。

このようななんでもない会話が、とても愛おしく感じた。人との距離をとらなきゃいけない時代だけど、こういうことこそ「ちょうどいい」のかもしれないと。

そうして、彼はこのお店の常連になった。

Text and Photo by Mituharu Yamamura(BOOKLUCK
Inspired By CIBI corner store Kitasando

 

Mitsuharu Yamamura(BOOKLUCK)

カフェやフード、旅ものなどのジャンルを得意とする
ライフスタイル系エディター。東京と福岡にベースを持ち、
現在はリフレクソロジストとしても活動している。
Instagram @bookluckandgo
http://bookluck.jp/

 

FUDGE CHOICE

  • サムネイル
    【募集中】FUDGEランニング部...
  • サムネイル
    PR
    《ミルクフェド》のTシャツに...
  • サムネイル
    PR
    ハンサムレディなあの子と《...
  • サムネイル
    PR
    《ミディウミ》関東の旗艦店...
  • サムネイル
    PR
    デニムと相性抜群な春色カラ...
MORE MORE
サムネイル
【募集中】FUDGEランニング部がスタート!5月18日(土)に《カフェ キツネ 青山店》から編集部と走らない?
サムネイル
PR
《ミルクフェド》のTシャツにはデニムとチノパン?お手本にしたい着こなし5選
サムネイル
PR
ハンサムレディなあの子と《グレゴリー》のバッグ
サムネイル
PR
《ミディウミ》関東の旗艦店、自由が丘店はもうチェックした?FUDGE FRIENDが見つけた春コーデ3選
サムネイル
PR
デニムと相性抜群な春色カラーのリバーシブルトートバッグが主役!【My Little Box SPECIAL SNAP】
サムネイル
PR
アイビースタイルもマリンルックも!《ティンバーランド》のボートシューズが正解なんです
サムネイル
PR
春先にぴったりな《ヘリーハンセン》のボーダーシャツ!こなれた着こなし6選
サムネイル
PR
キャンプに行きたいけど道具がない?それなら《and wander》でレンタルしちゃおう!
サムネイル
PR
あの子が好きな《トミー ヒルフィガー》のポロシャツ
サムネイル
PR
《コロンビア》を街で着る。FUDGE流のアウトドアMIXスタイル
サムネイル
PR
今年のバカンスは《DAMD》と一緒に海に行こう。
サムネイル
PR
春のお洒落をときめかせる!《ミディウミ》の青と白コーデ3選
サムネイル
PR
ハンカチに傘にポーチも…新生活の準備はできた?デイリーアイテムは《ポール & ジョー》で揃えよう!
サムネイル
PR
《リーバイス®》のLVCコレクションはもうゲットした?おしゃれな人のデニムコーデや生デニムの育て方もチェック!
サムネイル
PR
カナダで見つけた5つのお土産。バンクーバーのおしゃれな雑貨店《Gifts and Things》をチェック
サムネイル
PR
着る人の魅力を押し上げてくれる《慈雨》のワードローブ
サムネイル
PR
1周年イベントも開催!《ミディウミ》神戸店で可愛い春コーデを見つけました【FUDGENA SPECIALIST : riko × MidiUmi】
サムネイル
2024年の春アウターはこんな気分!お手本コーデ20選をチェック
サムネイル
美容師が認める市販シャンプー15選!ドラッグストアで買える本当に良いシャンプーはどれ?
サムネイル
春先取りな“トレンチコート”スタイル5選。品があって定番デニムにも合う優秀アウター【TOKYO SNAP】

PRESENT & EVENT

サムネイル

編集部から配信されるメールマガジンやプレミアム会員限定プレゼント、スペシャルイベントへの応募など特典が満載です。
無料でご登録いただけます。