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一枚の布を手に取る。隣に別の布を合わせ、違うな、と思ったら離す。しっくり来たら縫い合わせる。布小物作家・池田ちはるさんの作品を特徴づける「縫い模様」は、こうして小さな布をひとつひとつ縫い合わせ、形作られていく。
「裁断でハギレが出るのが切ないんですよ。自分と重ねてしまうんでしょうねー。どんな小さな部分でも、何かになると思いたくて」
そう語るちはるさんのアトリエがあるのは、福岡県福津市。
海にも宮地嶽神社にもほど近い路地の奥、子供たちの声や鳥のさえずりも間近に感じられるその場所で、彼女は日々ミシンに向かう。
ちはるさんは「humanite (うーまにて)」の屋号で、奥行きのある縫い模様が特徴的なポーチやバッグ、がま口、日傘など、使い手の日常を彩る布小物を制作している。どの作品も端正なミシン目でしっかりと形作られたものばかり。革のベルトや金属製の鋲などといった異素材と布とのバランスも面白い。作品は、福岡県内のカフェなどで定期的に開催する展示会で販売する。
木の葉型の空間からさらに別の生地がのぞく縫い模様のポーチ
縫い物に夢中の人生
小学生の頃、近所の人にもらったハギレをミシンで縫い合わせた日から、ちはるさんはずっと縫い物に夢中の人生を送ってきた。縫ったものが広くなっていく楽しさと高揚感に魅入られて、一時期は友達と遊ぶことも忘れてしまったほど。独学で縫製を覚え、中学校に入る頃には自身の洋服も縫えるようになった。
20代のはじめに東京の服飾専門学校、エスモード・ジャポンに入学。密度の濃いカリキュラムの中で、高度な技術を学んだ。「美は細部にしか宿らない」という当時の先生の言葉は、今でも彼女のものづくりの指針だ。
アトリエ横の路地に落ちる影が、ちはるさんの子供の頃からのお気に入り
縫い模様の〈秘密〉
「布も人も同じなんです」とちはるさんは言う。どちらも隣り合う存在に影響されて見え方や関係の良し悪しが変わったり、時間によって変化もする。自身のことも、他の人との関係も、布に置き換えて捉えているのだ。布を素材とする作家は数多いが、思い入れがここまで深いひとは稀だろう。
そんなちはるさんが作る縫い模様は、小さな布同士を縫い合わせて一枚の生地を作るところから始まる。だが、驚いたことに彼女は「縫い始めてみないと、今から何を作るのか自分でも分からない」というのだ。「展示会用にバッグを10個作らなければ」と考えただけで、「手が止まってしまう」。
それよりもまず、手に取った布をひたすら縫い続けて一枚の縫い模様の生地を作る。広さに応じて型紙を選び、表ができたら裏地を合わせる。ひとつながりの自然な流れのように、その手元から作品が生み出されていくのだ。
ちはるさんのものづくりはまるでミシンで布と対話し、布に導かれて進む旅のようだ。
縫う楽しさを伝えたい
ちはるさん自身が縫い物のよろこびを実感しているからこそ、縫う人を増やしたいという思いは強い。いくつものワークショップの講師を務め、2022年からは縫いたい人のためにアトリエを定期的に開放する「KOYA humanite (こやうーまにて)」という取り組みも始めた。
「おばちゃんちの小屋に習いに行く!みたいな感じで子供たちに気軽に来てほしくて」というちはるさん。もちろん大人世代も大歓迎だ。
お客様の手元に渡った作品が汚れたり、新しく手を加えられたりしているのを見ると嬉しくなる。持ち手が糸に戻りそうなほど擦れてしまったお客様のバッグを見ながら、「ホッとするんです。ちゃんと生活の一部になれてたって分かるから」と、笑顔になる。
「誰かが作った布が私の手元に来たんだから、また誰かのもとに旅していってほしい。敷かれたり巻かれたり、生活の中で使われて〈いい生涯〉を送ってもらいたいんです」
旅には思いがけない出来事も、出会いもある。布とミシンはちはるさんをこれからどんな旅に連れ出すのか、その旅から生まれた作品がどんな人との出会いを迎えるのか。
「まっすぐまっすぐ、毎日縫うんです」
今日も布をその手に取り、ちはるさんはミシンと歩み続ける。
◎イベント・ワークショップ情報
「humanite」https://instagram.com/hu_manite
「KOYA humanite」https://instagram.com/koya_humanite
Text:冨永絵美
ライター。本好き、布好き、ご飯好き。久留米絣産地のストーリーをお届けする「そめおりくくり」を運営中。
https://note.com/someorikukuri
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