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新型コロナウイルス感染症の蔓延という、予想もしなかった世界に放り込まれた私たち。程なく都心を中心に「殺菌・除菌」という言葉が瞬く間に拡がり、ともすれば菌=悪者だ! という認識を持つ人も出てきた様子。でもその見方って正しいの? そもそもウイルスと菌ってどう違う? 微生物研究者の伊藤光平さんに、「菌とは何か」を聞いてみました。

教えてくれたのは…

伊藤光平さん|株式会社BIOTA代表取締役・ 微生物研究者
1996年山形県生まれ。高校時代から山形県鶴岡市にある慶應義塾大学先端生命科学研究所の特別研究生としてマイクロバイオーム研究に従事。同大学環境情報学部に進学し、微生物研究を続ける。卒業後、株式会社BIOTAを設立。「微生物多様性を高めることで健康な都市空間を創る」ための研究事業に取り組む。

「菌」とは、私たちの身体中に棲みつくもっとも小さな生命体

「“菌”とは微生物のひとつで僕たちとは切り離せない関係にあるもの。人体には内臓を含む体表面から粘膜まで、膨大な量の菌がそれぞれの環境に適した場所に棲んでいて、その総称を〈マイクロバイオーム〉と呼んでいます」

お話を伺ったのは、都市環境と微生物コミュニティの研究の専門家であり起業家の伊藤光平さん。

「感染症や殺菌・除菌という言葉から混同されることもありますが、ウイルスと菌は別もの。大きさ、構造、増殖の仕方や感染の方法などすべて違います」

人体上でも菌の種類によって居場所が分布されているように、菌には“住処”を重要視する傾向があると言います。

「人間同士が菌やウイルスの交換をしやすいのは、お互いの住処が似ているから。でも、例えば農家さんが大量に土を触っても、そこにいる菌やウイルスで病気になるかと言われたら、ならないですよね。菌にとって住処が違うから、移り棲めないということなんです」

キーボードでもドアノブでもスマホでも、人が触れたものには必ず菌がついてきます。まずは、菌は自分たちと常に一緒にいるということを知っておきましょう。

微生物の主な分類って?

真菌|代謝などの機能を持つしぶとい高等微生物

主にカビの仲間の総称を真菌と呼ぶ。細胞に定着して、菌糸が成長しながら枝分かれすることで発育していく。人間と同じ真核生物(細胞の中に細胞核を持ち、ミトコンドリアなどの小器官がある)で、DNAの配列やサイズも人間に近い。単細胞の代表が酵母、系狀体がカビ、菌糸が集合して大型化したものがキノコ。水虫の原因となる白癬菌も真菌のひとつ。空気中には1m²につき1000個以上のカビが存在している。

細菌|細胞ひとつでどんどん仲間を増やしていく

遺伝子と細胞膜、細胞壁でできたシンプルな原核生物。細胞を持ち、多くは分裂して自己増殖。病原菌のイメージも強いが、乳酸菌、納豆菌などよい働きをしてくれるものも多い。細胞の形状によって、丸い球菌、細長い桿菌(かんきん)、くるくるとしたらせん菌などいろいろな種類が。0.5〜5μm(マイクロメートル)と、生物の中では最も小さく、人体には100兆個を超える常在菌が棲みついていると言われる。

ウイルス|生物と非生物の間を漂う小さな小さな、小さな脅威

ウイルスは数10nm(ナノマイクロメートル)〜数100nmと電子顕微鏡でしか見ることができないくらい微小で、粒子の中心にある核酸と、それを取り囲むタンパク質の殻で構成されている。DNAかRNAの遺伝情報を持ち、それぞれに特性が。非細胞性のため、動物や植物の細胞に侵入してコピーを繰り返すことで増殖。単独で増殖できないため、「生物」には含まれないという見方もある。

私たちの身体に棲む菌たち

ともに生きる菌たちの存在が健康にも大きく影響している

人間の身体に共生する微生物の総体が、〈マイクロバイオーム〉。イラストに示したように、消化器(胃腸)、皮膚、口腔、鼻腔、生殖器といった人間の体表面にはそれぞれの部位を好む菌たちが常在していて、これを〈常在菌〉と呼びます。「大腸でしか生きられないもの、口腔内が好きなもの、乾いたところが好きなもの。それぞれその環境に合った菌(微生物)が棲みついていますので、一人の人であっても場所によって異なるものが存在します」

都市空間の微生物に注目して対応力を上げておく

身体への菌の働きと同じように興味深いのが、伊藤さんが提案する、都市空間における「微生物(菌)の多様性を高めること」の大切さ。

人間は、何もしていなくても1時間に100万個もの微生物を体外に排出しており、歩行時はその5〜6倍の量を放出しているそう。都市の空気中のマイクロバイオームは、それらの人から放出された微生物と、土や海などから運ばれてきた自然環境由来の微生物が混ざり合った状態なんだとか。

「腸内細菌が免疫力に関わることが一般的になり、体内の菌については理解が広がりましたが、腸内にもいろいろな菌がいたほうが働きがよいのと同じように、空間にも病原菌などと戦ってくれる多様な菌が共存しているほうがいい。実際に、微生物の多様性が高まると多くの微生物が同時に同じ場所で混ざり合うので、病原菌が増えすぎるのを抑制するという研究データも出ています」

都市部では、自然環境由来の微生物がヒト由来の微生物よりかなり少ないため、人為的に自然由来の微生物を加えるという、除菌ならぬ加菌の提案も。

「病原菌が登場したとき、持っている菌が100種類よりも1000種類のほうが、病原菌を倒せる確率は高くなりますよね。多様性には、レジリエンスがある。何かあったときに対応できる引き出しが持てるということなんです」

微生物の大事な役割は分解することでものを生み出すこと

「菌(微生物)って肉眼で見ることはできないのですが、例えばぬか床などをかき混ぜながら、副次的に発生している現象を見ることで、その働きを確認することができます」。菌は、有機物をエサすることで分解し、どんどん増殖していくのだそう。「現在開催中の微生物についての展示でも(※)、微生物の多様性についての解釈の一環として、花が微生物に分解されながら朽ちていく様子を観察できる『フラワーコンポスト』を置いてあります」

※現在は終了しています。

正体がわかればとっても身近!微生物がつくり出すものたち

目に見える形で最も身近な微生物に関するモノといえば、味噌やヨーグルト、ぬか漬けといった発酵食品ではないでしょうか。麹菌、乳酸菌、酵母などの微生物が、有機物を分解させることでできたもの。日本酒や納豆、チーズも仲間です。そしてキノコにいたっては、糸状の菌の集合体! 存在自体が、菌そのもの。

過度な殺菌、デメリットはあるの?

コロナ禍で新常識となったこまめな除菌。ウイルスを排除するという意味では効果的だと思うけれど、必要な菌まで取り去ってしまうことになるのでは……という不安の声も。「除菌した瞬間はよくても、そこにヒトがいれば微生物は増え続けます。さらに除菌を繰り返すことで耐性がついて、除菌では死なない微生物というのも出てきてしまう。そうなると、今度はそれを殺すための……といくらやってもキリがない。また除菌によって病原菌はいなくなるけど、同時に無害な微生物も殺してしまうことに。除去する、距離を置く、ということが逆に人間が感染しやすい状況を生んでしまうことがあると思います」

積極的に“菌”と触れ合うことで、微生物の多様性を高めていく

「都会住まいなら自然由来のもの」など、自分が置かれた環境となるべく離れたところの菌をもらうことで、菌の多様性を実現。

「自然の中で過ごすのが難しければ、ペットを飼うとか、室内に土のある観葉植物を置くのもいいですね。お家によっては難しいかもしれませんが、窓を開けて外の空気を取り込むだけでも効果はあります」

身のまわりの菌の多様性を図るとは、具体的にどのようなことを言うのでしょうか。

「菌に対して寛容になるということが大事だと思います。不衛生だと過度に反応するのではなく、さまざまなものに触れて免疫学習していく。例え菌が定着しなくても、緑地に数時間いるだけで皮膚や鼻腔の微生物が多様化することがわかっていますし、普段と違う環境でリフレッシュしてストレス解消することは、プラス要素でしかないと思います。

人間の目線で見ると微生物はニッチな存在かもしれませんが、“生物の種数”で考えてみると、地球の生物種の半数くらいは微生物ではないか、と考えられていたりします」

そう考えると、人間は微生物のおかげで生きていられるということがよくわかります。

「子どもたちが、微生物ネイティブになってくれたらいいなと。日常の中で多様な菌を獲得していって、微生物を当たり前の存在として捉えられるようになるといいなと思っているんです。病原菌や危険なウイルスを除菌するのはある程度仕方のないことではありますが、人間にとっても菌にとっても、使えるリソースは地球ひとつしかない。自分たちと別々に考えてどうするんだろうって。だから最初は身近なことで、微生物がやってくれていることに気づくこと。発酵食もそうだし、スキンケアもそうですよね。常在菌がバリアしてくれているから、健康でいられる。そこから、ほかにもそういうことがたくさん起きているということを、自分で見つけていってほしいです」

意識を変えると、菌がしてくれていることが見えてくるもの。「排除する」ことだけではなく、「共に生きる」ことに重きを置けば、未来の形は変わっていく!

illustration : Karin Okamoto edit&text : Kei Yoshida re-edit:Yuri Iwata[press lab]
※kiitos. vol.23(2022年5月13日発売)より抜粋。

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