kiitos.

太陽の季節がやってきて、じんわりと汗ばむ私たちの身体。汗の粒の中には、どんな秘密が隠されているのだろう? ともすると疎まれがちなこの存在は、人類が最も発達させてきた崇高な体温調節システム。さらには心と身体の映し鏡である汗についていま向き合ってみよう。
人が生きるために、重要な役目を担う汗。詳しく調べてみると偉大な存在であることが分かるとともに、実は知らないことだらけだということにも気づきます。早速、発汗の不思議なメカニズムについて知識を深めていこう。
Index
汗は血液からできている
汗の工場は汗腺にある分泌部。「汗腺は近くにある毛細血管から、血漿(けっしょう・血液の中にある赤血球などを取り除いたもの)を引き込み、汗をつくります」(井上先生)。99%は水で、残りはナトリウムや塩素などの塩分。そのほか、カリウムやカルシウム、重炭酸イオンなどの電解質、尿素、アンモニアなども含んでいます。
進化した〈エクリン腺〉と退化した〈アポクリン腺〉

「汗腺には2種類あり、体温を調節するために使われる汗腺はエクリン腺です。これは身体のほとんどの部分に分布しています。もうひとつはアポクリン腺と言い、局所や乳輪、へその周辺や肛門など限られた場所にしかなく、身体から熱を逃す目的では働きません」(井上先生)。
エクリン腺は皮膚の表面から約1〜3mmの部分にある真皮層から皮下組織の上部にかけて存在し、すべてのエクリン汗腺が機能しているわけではなく、実際に汗を出している能動汗腺は日本人だと平均して230万個ほど。アポクリン腺と比較すると60〜80ミクロンと小さい器官。これは、小さくても多数の汗腺からできるだけ小粒の汗を均一に出す方が、少しの汗で体温を効率よく下げることができるからだと考えられます。
人類がエクリン腺を発達させ、汗を蒸発させて熱を逃すというシステムを獲得した一方、退化の道を辿ったアポクリン腺はもともとどのような役割を果たしていたのでしょうか。「これは、発情期に猫が性的誇示で行うマーキングにも似ていて、フェロモンの放出機能の役割があったのではないかと言われています」(室田先生)。

汗には3タイプの出方がある

“汗をかけ!”と汗腺に指令を出すのは脳で、加わる刺激により汗の出方は3パターンに区別されます。ひとつ目は体温調節するためにエクリン腺を使って全身に汗をかく温熱性発汗。有毛部で持続的な出方をします。汗の出口である汗孔が表面に出た汗を素早く広げるため、シワとシワが交わる点の部分に汗腺が存在しているのが特徴。
ふたつ目は、緊張したり驚いたときにワキの下や手足にかく精神性発汗。大脳が興奮した状態のときに視床下部を刺激して出る汗で、無毛部に見られるもの。汗孔は指紋などの溝を避けた部分に汗腺が並んでいます。「この汗は人類がまだ裸足で駆け巡っていた頃、滑り止めの役割を果たしていたのではないかと考えられています。また、強い緊張を感じたときや難しい課題に直面した場面で汗が引くというケースもあります」(井上先生)。
三つ目の味覚性発汗は、辛い、酸っぱいなどの味覚の刺激で、額や鼻などからエクリン腺を使って出る反射的な汗。すぐに引くのが特徴です。この発汗の目的は解明されていない部分が多く、味覚による刺激を口腔内の温度が上昇したと脳が勘違いし、冷却しようとしているという説も。
TIPS 宇宙にいるとき汗はどうなる?

汗には保湿成分が含まれており、角質層に染み込むことでその恩恵を受けられます。しかし、無重力空間では皮膚から汗が出ていくと汗は肌表面についたままに。宇宙では汗が角質層に吸収されにくく、肌が乾燥しやすいと感じた宇宙飛行士もいたのだそう。国際宇宙ステーション内でかいた汗は空気中の湿度となり、湿気から回収した水は飲料水として再利用されています。
汗を分泌するとき、脳はどんな命令を出す?

体温や発汗量をコントロールするのは脳の視床下部にある体温調節中枢という部分。皮膚の直下にある温度センサーが”温かい”と感知すると、その情報は体温調節中枢に伝えられます。その情報に深部からの温度情報も加えて体温調節中枢が”暑い!”と判断すると、交感神経を介してふたつの熱放散システムを働かせるという仕組み。
ひとつは、血管を開くという方法で、循環する血液を使って熱を皮膚血管に運び、体表面の温度を上げます。それにより体表面が温まれば外気温との温度差で熱を逃すことが可能に。もうひとつは、汗腺への命令。交感神経の末端まで信号が伝わると、伝達物質のアセチルコリンが放出され、これをエクリン腺がキャッチすると汗をつくって皮膚表面に出します。
「脳への温度情報は深部からが90%で、皮膚の温度センサーからが10%程という割合です。冬は外気温と体表面の温度差が大きいので十分熱を逃がすことができるのですが、夏はそうはいかず、身体の機能を守ろうと活躍するのが”汗”なのです」(井上先生)。
教えてくれたのは…
「大阪国際大学」スポーツ行動学科教授・医学博士 井上芳光先生
スポーツ生理学、温熱生理学、生理人類学の分野で発汗について研究。雑誌やテレビで、汗にまつわる企画の監修も手がける。環境省『熱中症環境 保健マニュアル2018』編集委員。著書に『体温II: 体温調節システムとその適応』(ナップ)がある。
「長崎大学大学院」医歯薬学総合研究科 皮膚病態学 教授
アレルギー疾患、膠原病、無汗症や多汗症などをはじめとする皮膚疾患の治療のエキスパート。かゆみの仕組み、発汗異常症などについて研究。著書に『汗の対処法update(MB Derma)』(全日本病院出版界)がある。
[関連記事]
汗って何者?身体の機能を守る汗のメカニズムを紹介|汗って何者?①
illustration : Misa Itoi edit&text : Ai Watanabe re-edit:Yuri Iwata[press lab]
※kiitos. vol.20(2021年8月6発売)より抜粋。
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