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掲示係と体育係

小学校の頃、教室の中にはいろんな「係」があった。

給食係、お笑い係、生き物係、イベント係、図書係、保健係。

地域によって色々違ったり、その小学校特有のものもあるだろうけれど、

「小学校の頃に何係だったか」という質問で、その人の子ども時代が少し垣間見える気がする。

そんなわたしは万年「掲示係」だった。

その名の通り、今月の給食の献立一覧やPTA通信、クラスメイトの習字や絵なんかを、

教室の壁に貼ったり、剥がしたり、また貼ったりする係。

 

その日も皆が帰った放課後、わたしはひとり教室の後ろのロッカーに登って、クラスメイトたちの描いた絵を貼り出していた。

その日貼っていたのは夏休みの読書感想画。

5年生にもなると生まれ持った才能の有無はあからさまで、絵が上手くないわたしは「ああ、こんなふうに絵が描けたら」とひときわ上手な一枚の絵の見上げて、その作者名に驚いた。

その絵を描いたのは「きよかわくん」だった。

 

運動神経が良くて、でも目つきがいつもちょっと怖い、体育係のきよかわくん。

女子に人気の6人組グループの中の4番手(当時のわたし調べ)だったきよかわくんとは一度も話したことがないけれど、まさか彼がこんなに繊細で緻密な絵を描くとは。

教室の後ろの壁に貼られたクラスメイトたちの水彩画、きよかわくんのものにだけ色がついて見えた。

 

翌日、朝礼が始まる前の自由時間に、きよかわくんが教室の後ろの絵を見ていた。

自分がこれらを貼り出したのだという掲示係の自負(?)もあり、きよかわくんに話しかけてみた。

「絵が上手なんだね。」

すると、きよかわくんは自分の絵を見ながら「絵が上手くたって何にもなんないよ」と、何でもないことのように言ったのだった。

きよかわくんは小学校卒業後、地元の中学校に進み、いちばん派手だったいわゆる不良グループの仲間入りをした。その後の彼のことは知らないし、あれ以来一度も会っていない。

掲示係と体育係が話したのは、あれが最初で最後だった。

 

カラヴァッジョ展

大阪・あべのハルカス美術館で開催中、

天才画家・カラヴァッジョと同時代に生きた画家たちの作品を集めた「カラヴァッジョ展」。

今回は、圧倒的な技巧で16世紀末のローマに衝撃を与えた、

絵がものすごく上手い人のはなし。

 

カラヴァッジョ、絵上手すぎ問題

まずカラヴァッジョといえば、とにかく絵が上手い、上手すぎる!

絵の専門的知識なんかなくっても、誰が見たって一目瞭然で圧倒的。

色なんて、光なんて、すでに見慣れた日常のものであるはずなのに、

生まれてはじめてそれを見た時の赤ん坊の時の記憶と体験をぐりぐり掘り起こされるような感覚。

頭が混乱して、それが気持ちいいという新しい感情とまず出会える。

『リュート弾き』美容業界が激震、見よ!これがほんまもんの陶器肌じゃ!

 

カラヴァッジョ作品の魅力の正体

ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ。

彼を知る当時の人々は口を揃えてこう言ったそう。

「ひねくれ者」「変わり者」「ならず者」

破天荒な天才には喧嘩や乱闘が絶えず、最終的には殺人まで犯してしまうのです。

クレイジーで手に負えない性格ながら、それでも他を寄せ付けない絵の上手さで庇護者が絶えなかったカラヴァッジョ。

彼の作品の最大の魅力は、神話や聖書の世界をリアリティを持って描くところにある。

彼の絵の前に立つと、圧倒的なリアルに「うわぁ…」となってしまって、

全身鳥肌が立って、無理やり全部持っていかれる。

あの感覚をぜひみなさんに美術館で体感してほしいのです。

「僕は見たものしか描かない」というカラヴァッジョは、宗教画の聖人を描く時も、神話の登場人物を描く時も、いつだって身近な人間をモデルに使ったという。

娼婦をモデルに聖人を描くことで、聖と俗の融合、つまり聖なる場面を現実の目で捉えることができる。

結果、そこに「生」が宿る。

 

『聖セバスティアヌス』この膝小僧がやばい

 

天才画家の行く末

殺人事件を起こしてしまったカラヴァッジョ。

投獄と脱獄を経て命からがら逃げるものの、

常軌を逸した芸術家の最期は意外にもあっけなく、逃亡中に熱病で死去。

38歳という若さだった。

『ゴリアテの首を持つダヴィデ』は、彼が逃亡生活を続ける中で描いた作品。

『ゴリアテの首を持つダヴィデ』

首を切られたゴリアテは最期の自分、その生首を掴んで見下ろすダヴィデは若い頃の自分、どちらも彼自身の自画像だと言われている。

ゴリアテとダヴィデ、苦しみに歪むそれぞれの表情。

グロテスクだけどものすごく切ないこの絵を、

彼はひとり描いたのだ。

 

もしも彼に絵の才能がなかったら。

変わったやつだとか、あいつは気狂いだとか、どんなに周りに言われても、

もしもこんなにも絵が上手くなかったら、

寒くて眠れない夜がもっと減ったかもしれない。孤独の総量ももっと少なかったかもしれない。

こんな表情があること、知らないまま済んだのかもしれない。

絵が上手い。絵が上手いから、苦しい。

もしも彼に絵の才能がなかったらー。

 

『法悦のマグダラのマリア』「法悦」=神に救われるエクスタシーのこと。人間を最期に救うものは何なのか。

 

孤独な天才の自画像を見た時、久しぶりにきよかわくんのことを思い出した。

「絵が上手くたって何にもなんないよ」と言った時の、

照れるでも、謙遜するでもない、ただまっすぐに自分の絵を見たきよかわくんの横顔。

絵が上手な、体育係の男の子。

あの絵はたしか、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』を題材にした、夜空に鉄道が走る幻想的な絵だった。

 

カラヴァッジョ展
あべのハルカス美術館にて開催中(2/16まで)

カトートシ

1991年生まれ

大学時代は文学批評を専攻。

書店員や美術館スタッフ、カナダでのライター経験を経た後、

2018年よりカトートシとして活動を開始。

現在は大学で働く傍ら、カルチャー関連のエッセイ等を執筆。

カトートシという名前は、俳人である祖父に由来するもの。

Instagram:@toshi_kato_z

 

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