FUDGENA
洋服を着替えるように、インテリアを変えるように、
気軽に自由に、アートを飾るのはどうだろう。
アート一枚で部屋の雰囲気はガラリと変わるし、
さらにその絵に〈物語〉があれば、いつもの空間がもっと素敵になる。
あなたの部屋に飾るとっておきの一枚を、
その絵からインスピレーションを受けて生まれたショートストーリーを添えて。
◆今日の一枚:ピート・モンドリアン『赤青黄のコンポジション』
【素直なひと】
「この部屋は?」
「ああ、リノベ物件だね。いいじゃん。流行ってるよねリノベ」
ぱっと明るくなった彼女の顔を見て、僕はすかさず言葉を付け足す。
「でもリノベってことは基礎は古いままってことだよね。ほら、ここに築35年って小さく書いてある。こんなに小さく」
少しむっとした表情になった彼女がその隣の物件情報を指して、
「じゃあこっちの部屋は?」と言えば、これまたすかさず、
「日当たり良好ってこれ本当かな。だってこの部屋、北向きでしょう、実際ほとんど日が入らないんじゃないかな」。
店内のカウンターに座るスタッフがドア越しに僕らを見ている。不動産屋の前に貼られた物件情報を並んでみる僕らは、普通の仲の良いカップルに見えるだろう。
実際にはもう別れているのだけれど。
次から次へと出る僕の否定の言葉に彼女は呆れたように首をすくめ、次の不動産屋に向かって歩き出す。僕はその小さな背中に向かって声をかける。
「ほら、日照時間の短さとうつ病の発症には因果関係があるっていうじゃない」
振り返らずにすすんでいく彼女に、僕はいそいでついていく。
「日の当たらない場所ってのは人を辛気臭くさせるからね」
僕と彼女は2年間付き合っていた。そして1ヶ月前に別れた。
出会いは仕事の付き合いで参加した取引先の社長宅でのパーティーだった。
へそ曲がりのあまのじゃく。偏屈な皮肉屋。
そんな性格ゆえにもともと人付き合いが苦手な僕は、案の定そのパーティーでも一人浮いていた。
ヨーロッパ調の高級家具と毛足の長い絨毯、これ見よがしに飾られたアートの数々に、心の内で悪態をつきながら酒を飲む。
華々しい空間とその場を楽しむ人々を見ながら、目を細め、口を尖らせて、きっと意地悪なネズミみたいな顔になっていただろう。
そんな僕に声をかけてきたのが彼女だった。
何度かデートを重ねて知れば知るほど、彼女は素直なひとだった。
明るくて、まっすぐで、まるで初夏の木漏れ日のようなひとだった。
彼女と一緒にいれば、こんな僕も変われるのかもしれない、なんて思っていた。
けれど、その木漏れ日だって僕には眩しすぎた。
僕は変わるどころか、隣から明るく照らされることで、もともとのイヤな部分が悪目立ちするようになった。
彼女が予約してくれたランチに「このパスタ、家で作れそうだよね」。
彼女がくれたクリスマスプレゼントに「こういうミトンの手袋って、どうして五本指という人間の手の形状を無視したつくりになってるのかな」。
自分でもわかる。前歯が出て、耳が生え、しっぽがだんだん伸びていく−…。
「私たち、もうおわってるよね」
そう彼女から別れを切り出されたときだって、その言葉を聞くまで彼女の心が離れていることに僕は気付いてすらいなかった。それなのに僕の口から出た言葉は、
「よかった。僕もちょうどそう思っていたところだったんだ」。
僕の顔はもう意地悪なネズミそのものになっていた。
一緒に住んでいた2LDKの部屋はお互いの引越し先が決まったら解約ということになった。
彼女はその翌週には新しい部屋を決めてきた。それに比べていつまでたっても次の部屋を決められない僕。そんな僕をみかねて、彼女はこうして別れた男のために週末、不動産屋をまわっているというわけだ。
なんてかわいそうなんだろう。少し先を歩く彼女の背中を見ながら、まるで他人事のように思う。僕だったら、僕みたいなやつとは絶対に付き合いたくない。どうして彼女は僕なんかと付き合っていたのだろう。
僕なんかの、どこが好きだったんだろう…。
彼女が足を止めたのは、客なんかめったに来なさそうな寂れた不動産屋だった。店先の物件情報のチラシはどれも雨ざらしで黄ばんでいる。
それらを屈んで一つずつ見ている彼女に言う。
「ここはないね。ほら、カウンターのおじさんの顔見てよ。平気で事故物件すすめてきそうな顔だ」
僕のために懸命に部屋を探す彼女に感謝や謝罪の言葉は一つも出てこないくせに、こういう言葉はすらすら出てくるんだ。
嫌いな自分から目を背けるように駅に向かって歩き出したその時、彼女が小さく呟いた。
「あ、これ」
振り返ると、彼女はある一枚の物件情報の間取りを指差していた。僕も覗き込み、思わず「あ」と声が出る。
6畳の正方形のリビング。そこに面した風呂とトイレ。玄関から続く横長のキッチンの奥には、小さすぎて何も入らなさそうな収納スペースが2つも。
そのヘンな間取りには、見覚えがあった。
「すごいお家ですよね。インテリアも食器なんかも、ぜんぶ洗練されてて」
あの日、ふてくされたように一人で酒を飲んでいた僕に、彼女はそう声をかけてきた。
「これなんて特に」
彼女は僕の後ろの壁に飾られていた一枚のアートを指さした。
直線で区切られた、赤・青・黄・白の正方形や長方形。
「そうですね。いかにも金持ちの高尚な趣味嗜好って感じで、庶民の僕には到底わかりません」
いつもどおりの皮肉が自然と出る。それに気付いて、しまったと思った時にはもうすでに次の言葉が口から出ていた。
「これなんか、僕には部屋の間取りにしか見えませんから」
彼女は驚いたような顔で僕を見て、それから吹き出した。
「素直なひとですね」
素直なひと。そんなこと言われたの、人生で初めてだった。
彼女はもう一度そのアートを見て笑った。
「ほんとだ。ヘンな間取り」
出会ったあの日に見たアートと、そっくりな間取りの部屋。
「ここにするよ」
僕がそう言うと、彼女は驚いて僕を見た。
久しぶりに正面から彼女の顔を見た気がする。僕は本当の気持ちをさとられないよう、急いで店に入る。
店のガラス扉に映る自分は、まだ意地悪なネズミの顔をしている。
これから一匹、ヘンな間取りの部屋で暮らす哀れなネズミ。
それでも、僕の後ろに映った彼女が少しさみしそうだったのがちょっとだけ嬉しかった。
カトートシ
1991年生まれ
大学時代は文学批評を専攻。
書店員や美術館スタッフ、カナダでのライター経験を経た後、
2018年よりカトートシとして活動を開始。
現在は大学で働く傍ら、カルチャー関連のエッセイ等を執筆。
カトートシという名前は、俳人である祖父に由来するもの。
Instagram:@toshi_kato_z
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