CULTURE & LIFE
シンガーソングライター/ダンサー/俳優など、幅広い分野で活躍するアイナ・ジ・エンドが映画『キリエのうた』で初主演。彼女が演じるのは、ある秘められた過去を持ち、歌うことだけでしか自分が表現できない女の子、路花(るか)。彼女が〈キリエ〉として音楽の道に進む姿と、過去のエピソードが壮大なスケールで描かれていく。監督・脚本を手がけたのは岩井俊二。以前から岩井作品が大好きだったアイナさんにとって夢のような出来事だった。二人はどんな風に出会い、映画を作り上げていったのだろう。
ーーアイナさんは、この物語のどんなところに惹かれて出演を決意したのでしょうか。
アイナ「まず、岩井さんに声をかけてもらえたのがすごく嬉しかったです。岩井さんの作品なら、どんなものでもやりたいと思いました」
ーー以前から岩井監督の作品が好きだったのですか?
アイナ「そうなんです。いちばん最初に観たのが『PiCNiC』だったんですけど、それがすごく面白くて。とにかく可愛いんです。衣装も可愛いし、撮り方も可愛い。観ているとなんだか安心するんですよ。それで観終わったあと、インターネットで監督が誰なのかを調べたんです。これまでは監督とか全然気にならなかったのに」
ーー観ていると安心する、というのは、よっぽどアイナさんの感性にフィットしたんですね。
アイナ「お母さんがゾンビ映画が好きで子供の頃から一緒に観ているから、ソンビ映画も落ち着くんですけど(笑)」
ーー岩井監督の作品とゾンビ映画で落ち着くというのも謎ですね(笑)。監督はどういう経緯でアイナさんに声をかけたのでしょうか。
岩井「ROTH BART BARON(ロットバルトバロン)というバンドのライヴをオンラインで見ていたら、ゲストでアイナさんが出て1曲だけ歌われてたんです。ちょうど、この映画の脚本を書いているところだったんですけど、〈この子は誰だろう?〉って気になって調べたんです。申し訳ないのですが、それまではアイナさんのことを何も知らなかったんですよね。それでBiSHを知り、アイナさんのファーストソロ・アルバム「THE END」を聴いて衝撃を受けたんです。詞も曲も自分でやっている。なんてすごい人なんだろうって。初めてライヴを見た時、歌はもちろんすごいと思ったんですけど、指先の動きがとても美しいと思ったんです。後で振付をやられていることを知ったんですけど、音楽の表現力だけではなく、身体の表現力も素晴らしい。それを映画で活かしてもらえたら、と思ったんです」
ーーそれでいきなり主役に抜擢というのもすごいですね。アイナさんが演じた、キリエ(路花)については撮影前に何か話をされたのでしょうか。
岩井「あまりしなかったと思います。いつもそんなにしないんですよ。言葉では言い表せないところもあるので掘り下げた話ができないというか。撮影現場で実際に動いてもらいながら作っていくことが多いですね、だから、何も言ってもらえないって不安になられる俳優さんもいるんですけど」
ーーアイナさんは不安ではなかったですか?
アイナ「私はお芝居が初めてだったので、(広瀬)すずちゃんに〈こういうのが普通なの?〉って聞いたら、〈普通はテストというのがあって、本番前に一度やってみて、その後、本番を回す。でも、岩井さんは自由でテストが本番だったりするから気が抜けない〉って言ってました。それを聞いて、そうか、岩井さんは普通じゃないんだって思ったんです(笑)」
岩井「(笑)」
ーー監督は路花を演じるアイナさんを見てどう思われました?
岩井「雪の中をすずちゃんとアイナさんが歩くシーンから撮影が始まったんですけど、その姿を見てこれが路花なんだ〉と思いました。路花がいる!って手応えを感じましたね」
ーーアイナさんは路花についてどんなイメージを持っていましたか?
アイナ「わりと人の機微を見ているというか。イッコさん(広瀬すずが演じる一条逸子)が寝ていたら布団をかけてあげるとか。自分が育ってきたなかで、人が自分にしてくれて嬉しかったことを覚えていて、それを人にしてあげることができる子なのかなって思いました。そうじゃないと歌詞も書けないだろうなって。野生児みたいな子ですけど、意外と人の心を観察できるんじゃないかなと思ったんです。だから、それだけは大切にしよう。それ以外は、どんな子かわからないけど全力でやろう、と思っていました」
ーー撮影中に監督に言われたこと、感じたことで印象に残っていることはありますか?
アイナ「いっぱいあります。忘れられない言葉もあるんですけど、私がもらった言葉なのにインタビューで答えるのがもったいない気がして(笑)。だから、ひとつだけ感じたことを言いますね。北海道の撮影で雪が降りすぎてホワイトアウトみたいになったことがあって。私がこれまで経験してきたミュージックビデオの撮影現場とかだったら、まず監督があわあわするんですよ。私もちょっと焦っていたんですけど、岩井さんはまっすぐな眼差しで遠くを見ていたんです。どうしようかなって考えていたんだと思うんですけど、なんだか大きな木みたいで、嵐が来ても負けないくらいどっしりしていました。マイナスイオンを漂わせていて、そんな岩井さんを見て〈この人についていこう〉って思ったんです。その日をきっかけに、岩井さんに心をきれいに委ねることができました」
ーー監督はそういう時は何を考えてるんです
岩井「普通に〈どうしようかな〉と考えていると思います(笑)。自分ではどっしりしているとは感じてないですけど、なるようにしかならないと思っているから、はたから見るとどっしりというか、もっさりしているように見えるのかもしれないですね」
ーーでは、監督からご覧になってアイナさんの俳優としての魅力はどんなところでしょう?
岩井「いろんなことを試したくなるし、想像力を掻き立ててくれる被写体でしたね。脚本ではこう書いたけど、もっと面白い場面にできないだろうかとか。いろいろ撮ってみたくなるんです」
ーー撮影しながらインスパイアされるものがある?
岩井「そうですね。自分で脚本を書いて撮影をしているんですけど、あくまで脚本はスケッチみたいなもので、その通りにきっちり撮りたいと思っているわけではなくて。脚本を題材にしてどこまで広げられるんだろう、と思いながら撮影しているんです。だから現場で想像力が働かないと脚本のまま撮るしかないですよね。ほんの些細なところから刺激を得たりすることもあるんですけど」
ーー俳優本来の魅力が物語を広げていくんですね。今回、アイナさんはキリエのオリジナル曲として、たくさん曲を書いて歌われていますが、やはり路花として曲を書かれたのでしょうか。
アイナ「そうですね。路花は小学生くらいの頃から声をうまく発せられなくなったので、言葉はあまり知らないのかな、と思ったんです。本で読んだとしても、喋らないと体に馴染まないと思うんですよ。アイナ・ジ・エンドの歌詞だったら〈急いで〉というのを〈矢継ぎ早に〉と表現したりするんですけど、路花はそういう表現はしないだろうなって思いました。だから、〈楽しい〉〈悲しい〉〈きれい〉とか、小学生でもわかるシンプルな言葉を意識して曲を作りました。でも、路花が歌詞に関係なくシャウトするところとか、自分には歌しかない、という想いは共鳴しているので、完全にアイナ・ジ・エンドと違うわけでもなくて、その狭間で歌ってましたね」
ーーヴォーカルの雰囲気も違ってましたよね。路花は普段はあまり声を発せられないけれど、歌う時は感情が溢れてくる。実はこんなに豊かな感情が胸の中に渦巻いているんだなっていうことがわかる歌声でした。
アイナ「歌っていると誰かがいてくれる。それが路花にとっては大事で。歌うと周りの人が喜んでくれることが、路花にとって生き甲斐なのかなって思いました。路花は自分のためだけに歌っているわけではなさそうだったので」
ーー物語が進むにつれて路花の周りに人が増えていきますよね。
アイナ「そうなんですよね、そのおかげで歌えるし、さっき言って頂いたように気持ちを振り絞るような歌声になれたのかなって思います。一人っきりだったら、そんな風には歌えなかったかもしれない」
ーーカフェの店内で、レコード会社の人に「ここで歌ってみろ」って言われた時の歌声も印象的でした。シャイな路花が、こんなに力強く歌えるんだって胸を打たれました。
アイナ「あの時は私自身も燃えました(笑)。歌えなかったら悔しい!って。撮影中、常に路花を通してアイナ・ジ・エンドがいたんです。私は女優さんではないので、路花を演じながらも、そこにずっと自分がいた。そういう意味で私はまだ未熟なんですけど、アイナ・ジ・エンドの心で歌えたところも何箇所かあったので、ちゃんとアイナ・ジ・エンドをやってきて良かったと思いました」
ーー路上で歌うシーンが多かったですが撮影はいかがでした?
アイナ「今回、天気にあまり恵まれなかったんですよね。寒かったり、急に雨が降ってきたり。私自身は晴れ女なはずなんですけど、キリエは雨女だったみたい(笑)。ギターを弾くの初めてだから下手なのに、雨でさらに下手になっちゃって。でも、湿気で喉の調子はすごく良かったんです」
ーー監督は路花の歌を聴いてどんな感想を持たれましたか?
岩井「この物語って最初はもっと小さな話だったんですよ。現代のパートしかなくて、回想シーンも少しだったんです。でも、アイナさんの歌ができてきて、それを聴いた時に彼女の歌声がもつ世界観が、いろんなものを引き寄せた気がしますね。今のままの物語じゃ足りない。もっといろんな要素を入れないとダメだって」
ーーアイナさんの歌が物語のスケールを大きくした?
岩井「そうです。アイナさんの歌に見合うようにバランスをとっていったら物語が広がっていった。アイナさんの歌声が届く範囲が、どんどん広がっていったんです」
ーー岩井監督の作品では音楽が重要な役割を果たしていることが多いですが、二人にとって音楽とはどんな存在ですか?
アイナ「衣食住と同じで、生活になくてはならないものですね。私は人と一緒に踊ったりするのも好きなんですけど、歌になってなくてもいいんです。音とかメロディーだけでもいい。歌になる一歩手前の状態が一番好きかもしれないですね。デモテープがすごく好きなんですよ。人に聴かれるのは恥ずかしいんですけど。だから今回、岩井さんにデモテープを送るのも恥ずかしかったけど、心のどこかで〈この初期衝動が一番美しい〉って思ったりしていたんです」
ーーデモテープは余計な音を加えてないぶん、純粋なのかもしれないですね。
アイナ「ああ、そうかもしれないですね」
岩井「アイナさんの歌を初めて聴いた時、映画の歌が上がってきた時も感じたんですけど、音楽が表現できることって無限なんですよね。限られた音の世界の中でイマジネーションが無限に広がる。その一方で、映画はそこまで自由奔放にいかないところがあるんですよ。時間をかけて物語を語らないといけないので。だから音楽に憧れるんです。今回、大塚愛さん、安藤裕子さん、七尾旅人さん、鈴木慶一さんとか、僕が尊敬するミュージシャンの方々がフェスみたいに集まってくれて嬉しかったですね」
ーーそういえば、路花が人前で歌う時に青色のワンピースを着るじゃないですか。それを着ることでキリエになれる。アイナさんは、衣装によってアイナ・ジ・エンドになれるところがあるのでしょうか。
アイナ「それはすごくありますね。ソロツアーの中野サンプラザの時なんて、その日の朝に決まっていた衣装が全部嫌になっちゃって。制作の人にお願いして、ボロボロのジーパンとタンクトップで出させてもらったこともありました。急にそうなっちゃうんですよ。〈今日はこんな女っぽい衣装で歌えない! 女の気分じゃない〉って。逆もあるんですよ。〈今日はめっちゃ女の子っぽくいきたい〉とか。周りには迷惑ですよね(苦笑)」
岩井「その中野サンプラザの公演、観てたよ(笑)」
アイナ「うわー! 監督に見られてた(笑)」
ーー青色のワンピースというのは、何か理由があるのでしょうか。
岩井「青っていうのは青空のイメージがあるんです。青空の下が我が家、みたいな自由さ。それは僕の憧れでもあるんです。例えば『リリイ・シュシュのすべて』みたいに過酷な状況にあっても、この子が孤独を感じる時に見上げる空の青さは、ものすごく青いんだろうなって思って。〈気の毒だな、この子〉って脚本を書いているわけじゃなくて憧れているんですよ」
ーーだから、映画を見終わった後に悲しみが残らないのかもしれないですね。今回の映画もそうですけど、主人公は厳しい境遇に置かれていながらも、そこに自由さや生きる力を感じさせます。
岩井「『スワロウテイル』もそうでしたけど、ああいう生活をしている人が見ている景色に憧れるんです。こっちはこっちで不自由さを感じているから憧れるんでしょうね。今回も路花が路上で生きていることに自由さを感じていました」
ーーそれはラストシーンからも伝わってきました。では、最後にアイナさん、完成した映画を観た感想をお聞かせください。
アイナ「子供の頃の路花が教会でステンドグラスを見上げるシーンと、私が演じるキリエが街で『燃え尽きる月』という歌を歌うシーンが映画で繋がっていて、それを観て涙が出てきたんです。その2つのシーンが繋がるなんて思ってもみなくて、編集で映画の印象がこんなにも変わるんだって驚きました。映画を撮っている時も岩井さん独自の世界を感じていたんですけど、編集することでさらに岩井さんの世界が深くなる。そんな岩井さんの世界に自分がいたなんて不思議で、今も現実感がないんです(笑)」
model_AiNA THE END,Iwai Shunji
photograph_Kobayashi Mariko
styling_Suganuma Ai(TRON)
hair&make-up_KATO(TRON)
interview & text_Murao Yasuo
edit_Takehara Shizuka
映画『キリエのうた』
全国ロードショー
原作・脚本・監督 岩井俊⼆
企画・プロデュース 紀伊宗之(『孤狼の⾎』シリーズ『シン・仮⾯ライダー』『リボルバー・リリー』他)
出演者:アイナ・ジ・エンド 松村北⽃ ⿊⽊華 / 広瀬すず
公開表記:2023 年 10 ⽉13 ⽇(⾦)全国公開
制作:ロックウェルアイズ
配給:東映 Ⓒ2023 Kyrie Film Band
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