ONKUL

お客さんとお店の人とのあいだで交わされることば、寄せあうこころ、言えなかった胸のうち。そんなささいなエピソードを、ショートストーリー仕立てでお届けする連載。ホントかウソかさえもあいまいな、それさえもふわふわと楽しんでください。

たとえば友人とごはんを食べたあと

「ちょっとお茶でもしようか」となったとき。出てくる言葉はたいてい「どこでもいいよ」とか「どっかそのへんで」とかになるのは、目的がそのじつ「お茶を飲む」ことではなく「おしゃべりをする」ことだからに他ならない。

かといって本当にどこでもいいわけでもなく、願わくばコーヒーがおいしくて、気がねなく心が休まって、あわよくば気働きのいい店主がいるところのほうが、もちろんいいに決まっている。齢を重ねるたびごとに、むしろその思いはだんだん強くなっている。

ただ時間も限られるなか、近くにそんな都合のいいところがあるとは限らないので(たいていない)、あきらめの傘をさしながら、とくだんなんの思い入れもない「どっかそのへんで」あきらめのコーヒーをすすることになる。

この人生で何度あっただろう……と、彼女はぼんやり振り返る。なぜなら今まさにその状況で、友人とふたりお茶をする場所を求め、ここ福岡の街をふらふらさまよっているからだった。いよいよ時間も迫り、いつもの傘をさしかけたとき、ふと思い浮かんだ店があった。

そこは夜はバーなのだが、昼は喫茶店として営まれ、コーヒーがおいしいと聞きつけていたところだった。確かこの辺りだったはず……とスマホをたぐると、ものの5分で着くと出た。ビンゴだ。

店は雑居ビルの5階にあった。

ただ、その日に限ってエレベーターは故障中。しかしやっと見つけたお店だものと、彼女はめげなかった。「いい運動」と友人ふたりで励ましあうように、ハァハァさせながら上りきると、ごほうびのような、なんともいえない、みめ心地いい空間が広がっていた。

カウンター奥の暗闇から、くぐるようにして店主が現れた。細面で繊細なメガネをかけ、しかと髪を七三に分けた男性だった。衿に縫い目のない白いシャツを一番上まで留めているのが、とてもよく似合っていた。世の中にはシャツのボタンを一番上まで留めるのが似合う人と、似合わない人がいるけれど、その店主は紛れもなく前者だった。

カウンターの、ちゃんと地に足がつく椅子に座る。コーヒーは「ワルツ」と「ソナタ」と名付けられた2種類のブレンドがあった。彼女はそれを見て、すぐさまテネシーワルツと月光が心に浮かんだ。今、どっちが気分だろう。頭のなかで、ふたつの曲がせめぎあう。友人はさっさとワルツに決めたが、彼女はたっぷりめに悩み、結局ワルツにした。世の中がかさついていくなか、テネシーワルツを聴くたびに感じる、どこか遠くを思いやるような、やさしさと懐かしさに浸りたかったのかもしれない。

抽出はネルドリップで。

 

 

カウンターに行儀よく並ぶ3つのドリッパーが、3つの石でおさえられていた。いかにも何か言いたげな石だった。店主は2杯分の豆を挽いてネルに入れ、とんとんとん、と豆の入った容器の底をたたき、粉をならしたあと、ちんちんちん、としずくを落とすようにポットのお湯をそそぎ入れる。そのすべやかな、気軽な儀式のような所作は、彼女の大好きなコーヒー屋さんがする所作と、とても似ていた。

ひとつ、大きく違うところは音で、彼女の好きなコーヒー屋にはBGMがない(だから緊張感があってよい)。ただここは店主が音楽好きなのだろうか、レコードプレイヤーから心を弛緩させる音色が、空間を塗りこめていた。

ふと横を見やると、カウンターの一番はしっこに、ひとりの青年が座っていた。文庫本とスケジュール帳をどちらも開き、忙しそうなテーブルとは裏腹に、表情はうつらうつら、今にも眠ってしまいそうだった。

コーヒーの抽出を終えた店主は青年のようすをちらりと見やると、レコードプレイヤーに近づき、盤を変えた。やがて流れた曲は、まさにさっきまで、彼女の頭のなかで流れていたテネシーワルツだった。店主は音量を小さく絞った。

彼女はうっとり聴きふけりながら、供されたコーヒーをひとくち飲んだ。しっかりとした苦味のなかに、カカオを焦がしたような甘みがとろりと舌に舞い込む。しばらくふわりと味わっていると、何ごともなかったようにスッと消える。そしてまたひと口飲む。彼女はそれを、ワルツのリズムに合わせて繰り返した。友人との会話も、いつしか途切れ途切れになった。

そこに突如ゴチン、という鈍い音が混ざった。カウンター奥の暗闇で、店主が痛そうに頭を押さえているのが見えた。

Inspired by 珈琲花坂

Text by Mituharu Yamamura(BOOKLUCK
Illustration by Ikuyo Tsukiyama

 

Mitsuharu Yamamura(BOOKLUCK)

カフェやフード、旅ものなどのジャンルを得意とする
ライフスタイル系エディター。東京と福岡にベースを持ち、
現在はリフレクソロジストとしても活動している。
Instagram @bookluckandgo
http://bookluck.jp/

FUDGE CHOICE

  • サムネイル
    PR
    クラシックなのに軽やか。《...
  • サムネイル
    PR
    《アシックス》のランニング...
  • サムネイル
    PR
    冬コーデの差し色にもぴった...
  • サムネイル
    PR
    《エディー · バウアー》×『...
  • サムネイル
    PR
    欲しいのは上質なニット!《N...
MORE MORE
サムネイル
PR
クラシックなのに軽やか。《ムーンスター》の「SPxx」からスニーカー発想の新作ローファーが登場!
サムネイル
PR
《アシックス》のランニングシューズ「GEL-PULSE 16(ゲルパルス 16)」でランもデイリーも!8つのお手本コーディネートをチェック
サムネイル
PR
冬コーデの差し色にもぴったり!《グッド グッズ イッセイ ミヤケ》からカラフルな新作アイテムが登場
サムネイル
PR
《エディー · バウアー》×『メンズ・ファッジ』の限定コレクション!Let’s welcome winter
サムネイル
PR
欲しいのは上質なニット!《NARU FACTORY》のフェアアイルニットの秘密を紐解く、11の質問 【もの作りの場を訪ねて|FUDGE dig.】
サムネイル
PR
ランニングデビューに迷ったらこのシューズ!ABCマートで見つけた、軽くて可愛い《アシックス》の「GEL-PULSE 16(ゲルパルス 16)」
サムネイル
PR
有楽町駅前にできた大型の〈ホカ 丸の内〉にはもう行った?10月に開催したランニングイベントをレポート
サムネイル
PR
ホリデーシーズンのお洒落は《ラコステ》と。気取らないふたりの素敵な着こなし
サムネイル
PR
イギリス発《 J.J.Mercer(ジェイジェイマーサー)》のトップスがおしゃれの主役!FUDGENA & FUDGE FRIENDの秋コーデ
サムネイル
PR
11月の運勢とあなたに合う《KUOE》の腕時計は?まとめてチェック!【《KUOE》Collaboration |FUDGE.jp 12星座×血液型占い】
サムネイル
PR
いまから着れる冬アウターは、《ミルクフェド》で探してみない?
サムネイル
PR
ラコステの香りと2人の日常。How to spend with LACOSTE L.12.12
サムネイル
PR
秋の重ね着も色遊びも! 日々過ごす時間に《ミー イッセイ ミヤケ》があれば毎日が彩り豊かに。
サムネイル
PR
《パトリック》のブラウンスニーカーと素敵なコーヒー時間
サムネイル
PR
CHILD WOMAN ・PAR ICI 吉祥寺路面店と一緒に巡る、レトロかわいいスポット4選
サムネイル
PR
《MARGARET HOWELL(マーガレット・ハウエル)》の世界観を体感できる!NEWoMan 高輪店はチェックした?FUDGE FRIEND UMIのお気に入りコーデも紹介
サムネイル
万能なチノパンツが欲しい!《Traditional Weatherwear》のユニオンスラックをチェックしたい【FUDGE dig.|長く愛用できるチノパンツ名品リスト- 03】
サムネイル
秋のデニムスタイルは、大胆なロールアップと差し色でこなれ感を演出して【FUDGE 10月号連動企画 – 濃紺デニムがあれば。| DAY 7】
サムネイル
気になるオーストラリアの家探し事情。メルボルンのヴィンテージハウスで暮らす、長澤メイのお部屋とは?【FUDGE おしゃれな人のルームツアー vol.13】
サムネイル
【2025】美容師がおすすめするヘアスプレー8選!髪質や仕上がり別にプロが解説

PRESENT & EVENT

サムネイル

編集部から配信されるメールマガジンやプレミアム会員限定プレゼント、スペシャルイベントへの応募など特典が満載です。
無料でご登録いただけます。