ONKUL

 

今月からスタートする新連載【地図にない旅のはなし】。

 

富山県氷見市で宿、喫茶、ギャラリー「HOUSEHOLD」を営む、ONKUL特派員の笹倉奈津美さんが、その土地での出会いや出来事を通して、旅のあり方を見つめます。

 

有名な場所に行ったり名物を食べなくても、その土地で誰かと話したり、知らない道を歩いたりして、その町の日常に少しだけ馴染んでいく……。そんな何気ない時間の中にも、旅は生まれるもの。

 

宿を訪れる旅人たちとの出会いや、旅先で出会った人との会話、そこでふと見つけたときめき。そんな小さな出来事を手がかりに、笹倉さんが見つけた「旅」の面白さを綴っていきます。

 

 

 

旅へ出る理由は、人それぞれ。最高の景色を写真に収めるために、何時間の移動も厭わず軽やかに動き回る人もいれば、おいしいものをとにかくたくさん食べまわりたい人もいる。私もかつては地図アプリに無数のピンを立てていた。話題の観光地や絶景スポット、人気のグルメが食べられる飲食店など、限られた時間で、できるだけたくさんの場所を巡ることがいい旅だと信じていた。その当時、私は東京の会社員としてプレッシャーの多い仕事をしていて、夜遅くまでパソコンに向かい、家には寝に帰るだけ…みたいなライフスタイルだった。だから、疲れきった日々の合間で見つける、スマホの画面の向こうの観光地はより眩しくみえた。なんとか獲得した休日には、絶景を見て、おいしいものを食べにいく。その一つひとつが私に達成感を与えてくれた。どんなにハードな旅行でも、それ自体が日常から自分を解放する大切な手段だったのだと思う。

 

私は今、富山県氷見市という小さな漁師町に移り住み、海辺の古ビルをリノベーションし、宿主として人を迎える仕事をしている。この仕事をして8年、日々旅をしている人との出会いを重ねるなかで、私はあることに気づいた。

同じまちを歩いても、「最高だった」という人と、「何もなかった」という人がいる。
その違いは、ピンの数、ーではなかった。

 

 

東京から来た若い女性は、商店街の古い喫茶店でコーヒーを飲んでいたとき、たまたま隣に座ったおじさんと話が弾んだ。翌朝、そのおじさんが宿まで獲れたてのイカを届けてくれ、その美しさと活きた味にすっかり心を奪われた。それ以来、彼女は東京から手紙や土産物を送り、彼女が宿に来るとおじさんは魚を持ってきてくれる。旅の途中でたまたま隣に座った人が、氷見に来たら会いたい人になっていた。

 

フランス人のカップルは、寿司屋のカウンターにいた常連の年配の夫婦と、お互い言葉が通じないにもかかわらずなぜか意気投合した。そのまま自宅に招かれ、ピアノの演奏とワインで楽しい夜を過ごしたことを、日本での旅行で一番楽しかったエピソードとして話してくれた。

 

「どこへ行くか」よりも「誰と出会うか」。
「何を見たか」「何を食べたか」よりも「その土地でどんな時間を過ごしたか」。印象に残る旅は、計画していた出来事より、想定していなかった出会いから生まれることが多いように思う。

 

SNSを開くと「行かないなんて損!」「⚪︎⚪︎で行くべきお店3選」などの煽りを含んだ情報で溢れていて、それを頼りに行き先を決める人も多いはずだ。また(私が宿主という立場だから自然なことなのだが)「おすすめのスポットを教えてほしい」という質問も本当によくもらう。その根っこにあるのは「いい旅がしたい」、ひいては「自分の選択に失敗したくない」という心の表れなのかもしれない。もちろん、観光地を巡る旅が悪いわけではない(私だっていまもいい景色を見に行きたいし、おいしいものを食べるのも大好きだ)。それでも、私が「この人はいい旅をしているな」と感じる人たちには、ある共通点がある。それは「ここに行けば間違いない」というおすすめの情報を忠実になぞっているのではなく、旅先で出会った人や出来事に対して、自分から一歩踏み出し、その瞬間にしか生まれない体験を選び取っていることだ。

 

 

この連載では、地図には残らないけど、宿を営むなかで出会った人との何気ない会話や出来事、日々の暮らしや季節の移ろいーーーここから見えてきた「こう暮らすこともできるんだ」「こんな選び方もあるんだ」という気づきに、ひとつずつピンを立てていきたい。「これがいい旅」という答えを示すのではなく、旅や暮らしの見方が少し変わるきっかけを届けられたらうれしい。

 

 

 

 

 

笹倉奈津美

1986年茨城生まれ。東京での会社員を経て、2015年に夫の転職を機に結婚・富山県氷見市へ移住。海辺の古ビルとの出会いから、2018年夫とともに1日3組限定の宿・喫茶・ギャラリー『HOUSEHOLD』を立ち上げる。「勝手口からの旅」をコンセプトに料理を通して地域の暮らしに触れる旅を提案している。夫と4歳の息子と3人暮らし。

 

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