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MOVIE 01 /『パターソン』
自由気ままに“柄”で部屋を占領。ごちゃごちゃながらにモノトーンでまとめる
整然と整えられた部屋。必要最低限のものだけを揃えたシンプルな部屋。そんな完璧な場所に憧れる一方で、好きなものを好きなように置いているだけ、みたいな部屋にも惹かれてしまう。『パターソン』で主人公夫婦が住む家はまさにそれ。ゴルシフテ・ファラハニ演じる妻ローラは、インテリアからファッション、料理にいたるまで、自分の欲求やその日の気分にどこまでも忠実だ。リビングのカーテンを白黒のドット柄にペイントし、浴室のドアと壁を白と黒に塗り替える。波型と格子柄を組み合わせたソファも、ちょっと不思議な模様のランプシェードも、きっとローラのその日の気分でコーディネートされたもの。夫婦の部屋は、思わず目がちかちかしそうなくらい、多種多様な柄で溢れかえっている。引き算の美学なんて一切なし。好きなものを自由に重ねるだけ。ただし、柄は多様でも、色は白と黒でしっかり統一される。どんなに雑然としていてもうるさくは感じないのは、そのためだ。
アメリカ/2016年、監督:ジム・ジャームッシュ、出演:アダム・ドライヴァー、ゴルシフテ・ファラハニ
ニュージャージー州の町でバスの運転手をしているパターソン。詩を書き、バスを運転し、妻と食事をし、バーで会話をする彼の1週間を通して、日常の中の美を見事に描きだす。 Blu-ray&DVD発売中/発売元:バップ ©2016InkjetInc.AllRightsReserved
MOVIE 02 /『アイズ ワイド シャッド』
好きなものを好きなだけ。趣味全開で自分だけの城を築く。
『アイズワイドシャット』で主人公夫婦が住む、ニューヨーク一等地の高級マンション。こちらはパターソン夫婦のつつましい一軒家とは真逆な空間。部屋のあちこちには額に入った絵が飾られ、家具も豪奢なものばかり。でも自由に動きまわるカメラに誘導され部屋の奥に入り込むと、意外な細部が見えてくる。寝室の化粧台にはブラシや化粧品がごちゃごちゃと置かれ、ベッドのサイドテーブルには読みかけの本が山積み。何より寝室の隣にある小さなバスルームがいい。棚や洗面台には所狭しといろんなボトルやタオルがずらりと並ぶ。トイレタンクの上まで化粧品や便利グッズで占領されている様には、思わずにやりとする。そんな無秩序なバスルームで、ニコール・キッドマン演じる妻アリスは、便器に座って用を足しながら平然と夫とおしゃべりをしている。きっとこのバスルームは彼女の小さな城なのだ。好きなものを好きなように並べた自分だけの城。高級マンションに不似合いな乱雑なバスルームが、最高に愛おしい。
アメリカ/1999年、監督:スタンリー・キューブリック、出演:トム・クルーズ、ニコール・キッドマン
ニューヨーク、妻と娘と暮らす裕福な内科医ウィリアム。平穏に見えた彼の日常は、妻アリスの性的欲望を知った瞬間から、静かに、大胆に壊れていく。巨匠キューブリックの遺作。ブルーレイ¥2,619(税込)/DVD¥1,572(税込) 発売元:ワーナー・ブラザースホームエンターテイメント 販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント©1999WarnerBros.EntertainmentInc.AllRightsReserved.
MOVIE 03 /『彼岸花』『お早よう』
「小津流のインテリア」と言えば、赤や緑が印象的。自ら各地に赴いて集め回った工芸品。
小津安二郎といえば、端正なモノクロ映画のイメージが強いかもしれない。でも『彼岸花』以降に小津が手がけたカラー作品は、驚くほど色彩にあふれている。その見事な色彩感覚がもっともよく現れるのは、登場人物たちが住む家のインテリア。彼らが住むのは、畳や障子に囲まれた昔ながらの日本家屋や、当時はモダンだったはずの集合団地。そうした部屋のあちこちに、小津監督はハッとするような鮮やかな色を差し色として挿入してみせる。
なかでも有名なのは『彼岸花』の赤いヤカン。畳やちゃぶ台の上に置かれたヤカンが、劇中、何度も登場する。厳密に設計された画面のなかで、輝くほどに真っ赤な色が、見る人の目を強く惹きつける。ぽってりとした形のホーローのヤカンはスウェーデン製。撮影後は監督自ら持ち帰り愛用したという。
日本/1958年、監督:小津安二郎、出演:佐分利信、田中絹代、山本富士子
年ごろの娘の結婚話に動揺する父の姿を描いた家族喜劇。小津映画初のカラー作品。
小津監督はとにかく赤がお気に入りだったらしい。『お早よう』で主人公一家が住む平家建ての一軒家でも、台所のホーロー鍋から、茶碗やハタキ、ワインのボトルまで、あらゆる場所に赤い色が顔を覗かせる。ただし幼い兄弟が抱えているヤカンは、赤ではなく淡い緑色。そのコントラストがさらに画面を輝かせる。彼らの近所に住む若夫婦の部屋はもっと現代風。アントニオーニ『欲望』の真っ赤なポスターや、赤い洋風ランプなど、同じ差し色でも使い方はずいぶん違う。
日本/1959年、監督:小津安二郎、出演:佐田啓二、久我美子、笠智衆
東京郊外の住宅地。幼い兄弟の目を通して、大人たちのどこか滑稽な世界が軽快に描かれる。
MOVIE 04/『浮き雲』
「ボルドーと青」「北欧調家具」で一定の秩序を作るのが効果的。クロスや壁紙、一輪挿し、でコンパクトにまとめて。
小津の赤いヤカンに魅了され自分は映画監督になったと公言するのは、フィンランドのアキ・カウリスマキ監督。『浮き雲』は、そんなカウリスマキの小津への敬愛の念がたっぷりとこめられた映画。不況下、共働きでどうにか生計を立てている夫婦。彼らの住む家は慎ましいが、青のテーブルクロス、赤いソファ、黄色のカーテンで生活を彩るのを忘れない。やがて二人は職を失い、その後は何をやってもうまくいかない。物語はどんどん陰鬱さを増していく。それでも絶望に陥らないのは、ぽつりぽつりと差し込まれる華やかな色のおかげかもしれない。夫婦の部屋の隅には赤いヤカンが見える。小津映画への愛のこもった目配せだ。
フィンランド/1996年、監督:アキ・カウリスマキ、出演:カティ・オウティネン、カリ・ヴァーナネン
レストランの給仕長イロナと市電の運転手ラウリ。慎ましくも幸福な生活を送っていた夫婦は、不況で職を失い、徐々に追い詰められていく。日本でも人気の高いカウリスマキの代表作。※廃盤
illustration : Nobuko Uemura
text : Rie Tsukinaga
edit:Naoki Kuroda
ONKUL vol.15(2021年4月22日)より
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