FUDGENA
金沢21世紀美術館で来年の2月末まで開催している、ミヒャエル・ボレマンスとマーク・マンダースの「ダブル・サイレンス」展。
濃厚すぎるこの展覧会、あまりにもオススメなので、今回は前半・後半と2回に分けてご紹介。
(前半はこちらから)
自分の目を疑う「沈黙」のトリック
展示室を進むにつれて、だんだんと色濃くなる不穏。

マーク・マンダース《乾いた土の頭部》
部屋の真ん中に半分に切断された巨大な顔がごろんと、不安定なバランスで傾いている。
素材を捏ねてひきちぎったような跡や乾いたひび割れから感じられる偶然的で粗野な暴力性と、それとは不釣り合いな仏のような静謐な表情。
相反する要素が同じ濃度で拮抗しているから、完成したものを破壊しているようにもみえるし、これから作り上げていく発展途上の未完成にもみえる。
その奇跡的なバランスに圧倒されていたところ、音声ガイドから驚愕の事実。
なんと、この粘土のように見える素材、実はすべてブロンズ(青銅)だというのだ。

マーク・マンダース《乾いた土の頭部》(部分)
少しでも触れたら今にもぼろぼろとこぼれてしまいそうなほど脆く見えるものが、実は硬質で堅牢な素材でできていたということ。
いよいよ自分の眼が信じられない。まんまと欺かれた。
鮮やかで完璧な手品を見せられたような、爽快な「してやられた」感。
周到に用意された沈黙を前に
すべて計算しつくされた沈黙は、ボレマンスの作品にも共通する。

ミヒャエル・ボレマンス《ジャック》
顔のない、表情の見えない男。
なぜ彼は顔を覆われているのだろう。
窒息してしまいそうなほど顔にぴったりと貼りついた袋は想像するだけで息苦しい。けれど凹凸からうかがいしれる表情は穏やかにも見える。
すでに死んでいるのだろうか。それとも諦めの表情なのだろうか。
ヒントの少ない意味深な絵画の解釈は、鑑賞者に全面的に委ねられる。
よく見れば、口元が赤く滲んでいる。
これを血だと思えばいよいよミステリーが始まるし、口紅の跡だと思えば悲しきロマンスの予感が漂う。
黒光りするたくましい胴体の首元にはネックレス。
そこに、ジャックという男がこんな無惨な姿になるまでに過ごしたであろう、平凡な、けれど尊い彼の日常を想像する人もいるだろうし、ニュースで見たブラック・ライブズ・マターの事件映像が頭をよぎる人もいるかもしれない。
そんなふうにして、わたしたちがどんなに慌ただしく無数の想像をしようと、目の前の男はどこまでもただ沈黙するのみ。

マーク・マンダース《狐 /鼠 / ベルト》
ふたりの作品に共通する「沈黙」。
地味な色使い、動きのない構図、表情のない顔。
彼らの作品は声高に主張することもないし、力づくで訴えかけてもこない。
どこまでも沈黙し続ける。
わたしたちは、沈黙するものに対して、どぎまぎし、動揺し、戸惑う。少しでも何かを聞き取ろうと耳を研ぎ澄まし、あらゆる可能性を勘ぐり、数少ない手がかりから何かを探し当てようと思考をフル回転させる。
作品が意味ありげに沈黙すればするほど、鑑賞者の胸の内はかき乱され、息が苦しくなる。それを彼らはちゃんとわかっている。
ああ、悔しい。
これほどの濃密な「沈黙」に対して、わたしたちができることは、同じ濃度で「想像」することだけだ。
沈黙ほど饒舌なものはない。

ミヒャエル・ボレマンス《耳》:合コンで「俺、耳フェチ」っていうやついるけど、このレベルになってから言えよって思う。
鳴り止まない「無音」

(左)マーク・マンダース《椅子の上の乾いた像》(右)ミヒャエル・ボレマンス《オートマト(I)》
メインビジュアルにもなっているこれらの作品は、展覧会の最後の方にあった。
スカートを台座にして置物のようになった少女の後ろ姿と、椅子にもたれかかりながら木片になった自分の足を無表情で見下ろす少女。
足のない彼女たちは、どこにも行けない。
この文章を書いている今は、あの展覧会に行ってからもうだいぶ日が経っている。
けれど、あの時の沈黙がたしかな質量を持って、いつまでも内側にとどまっている気がする。
そつなく仕事をこなし、久しぶりの友人とご飯に行って、帰宅する。
充実感と疲労感で朝よりも少し重くなったからだを放り投げるようにしてソファにどかりに座ると、視線の先には、胴体から伸びた2本の足。
それを無言で見下ろしていると、ある思考が軽い泡のように浮かぶ。
「この足、一体何でできているのだろう」
ふと我に返れば、自分の体勢、表情、どれもマンダースのあの作品にそっくりで、思わず「ひっ」と声が出る。
ミヒャエル・ボレマンスと、マーク・マンダース。
彼らの作品を知る前と後では、何かが決定的に変わってしまった。
ささいな、それでもたしかな何かが、決定的に。
「ダブル・サイレンス」展。
無音の余韻がいつまでも鳴り止まなくて、本当に困る。
最後に
金沢21世紀美術館では、コレクション展『スケールス』も開催中。こちらは2021年5月9日まで。
数値化されて客観的にはかられる「サイズ」ではなく、対象と〈わたし〉との関係性の中で、相対的に生まれ、自由に伸び縮みする「スケール」に焦点を当てた展覧会。
貴重な所蔵品が一堂に会するまたとない機会だそう。
金沢21世紀美術館、プール以外もすっごいよ。
カトートシ
1991年生まれ
大学時代は文学批評を専攻。
書店員や美術館スタッフ、カナダでのライター経験を経た後、
2018年よりカトートシとして活動を開始。
現在は大学で働く傍ら、カルチャー関連のエッセイ等を執筆。
カトートシという名前は、俳人である祖父に由来するもの。
Instagram:@toshi_kato_z
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