FUDGENA

 

洋服を着替えるように、インテリアを変えるように、
気軽に自由に、アートを飾るのはどうだろう。

アート一枚で部屋の雰囲気はガラリと変わるし、
さらにその絵に〈物語〉があれば、いつもの空間がもっと素敵になる。

 

あなたの部屋に飾るとっておきの一枚を、
その絵からインスピレーションを受けて生まれたショートストーリーを添えて。

 

◆今日の一枚:パブロ・ピカソ『平和の鳩』

 

【マジックショー】

「タネも仕掛けもあーりません」

けんちゃんが右手を開くと、握ったはずのコインが魔法のように消えていた。

驚いて声も出ない僕の横にいた兄が、

「どうせ服の袖口かどこかに隠してるんだろ」

とけんちゃんの腕を引っ張ると、袖口からコインが転がり落ちた。

「うそつき!」

タネも仕掛けもあるじゃないか。

そう責め立てる僕に、ニッと笑ったけんちゃんの歯が白かった。

 

けんちゃんは五つ年上の兄の幼馴染で、家が近所ということもあり、僕のことを本当の弟のようにかわいがってくれた。

そんなけんちゃんがマジシャンになりたいと言ったとき、大人たちは笑った。

そんなことよりも家業の豆腐屋を継げ、とけんちゃんの親父さんはけんちゃんの頭をげんこつでぶった。

 

でも僕はけんちゃんなら本当にマジシャンになれると思った。

だってけんちゃんは、朝も昼も夜も、一日中マジックの練習をしていた。

店番をしながらコインのマジックでお釣りをちょろまかして親父さんにげんこつを食らったり、マジックに使う鳩を内緒で飼っていたのが親父さんにバレて、またげんこつを食らったりしていた。

でもそうやって、けんちゃんのマジックはどんどん上達していった。

 

大きくなったけんちゃんは、本当にマジシャンになった。

駅前の路上でマジックを披露していたのを地元のテレビ局に取り上げられたのをきっかけに全国区の番組でも紹介されると、けんちゃんは瞬く間に人気者になり、地元のちょっとした有名人になった。

けんちゃんの他にも新しいマジシャンが次々と出てきて、日本中がマジックブームに湧いた。

そのなかでもけんちゃんは一際輝いていた。

CMやバラエティ番組にもどんどん出て、テレビでけんちゃんを見ない日はないくらいになった。

「タネも仕掛けもあーりません」

画面の中のけんちゃんは、あの日コインのマジックを見せてくれた時と同じように、白い歯を見せてニッと笑った。

 

けれどマジックブームはあまり長くは続かなかった。

ぼくが大学を卒業し、東京での就職が決まった頃、駅前のコンビニでたまたまけんちゃんを見かけた。

久しぶりの再会に嬉しくなって飛びつくように声をかけたけれど、ぼくはけんちゃんがコンビニの制服を着ていることに、ようやく気がついた。

マジックブームが去り、テレビの仕事がなくなったけんちゃんは、夜はステージに立ってマジックを披露するかたわら、昼はコンビニと運送屋のバイトを掛け持ちしていた。

「でもこんな生活も、もう終わりなんだ」

コンビニの裏で煙草を吸いながら、けんちゃんは言った。

来月でマジシャンは引退し、家業を継ぐことにしたのだという。

「ラストステージ、見に来てよ」

そう言ってけんちゃんはチケットを一枚くれた。

ぼくがしんみりした顔をしてしまったからか、けんちゃんは煙草を足でもみ消しながら、

「おれ、来月から豆腐屋よ」

と明るく笑った。

煙草のヤニのせいか、歯が少し黄ばんでいた。

 

けんちゃんの最後の舞台は路地裏にある女の人たちが席についてお酒をつくるようなキャバレーの小さなステージの上だった。

マスターの選んだカードをけんちゃんが目隠しをしたまま言い当てても、お腹の下から鳩を出しても、客は誰一人として舞台の方を見ていなかった。

けんちゃんのラストステージはあっけなく終わった。

 

帰り道、ぼくとけんちゃんは夜道を並んでゆっくりと歩いた。

見上げた空はどこまでも真っ暗で、星なんか一つも見えなかった。

なんて声をかければいいのかぼくが迷っていると、突然けんちゃんのお腹の下から真っ白な鳩が飛び出した。

羽をばたつかせる鳩に驚いたぼくを見て、けんちゃんは本当に楽しそうに言った。

「タネも仕掛けもあーりません」

けんちゃんはやっぱりうそつきだ、とぼくは思った。

人を驚かすのが何よりも大好きで、そのためにこつこつ練習して、他のたくさんのことを犠牲にして。

いろんな夜を積み重ねて。

タネも仕掛けも、あるじゃないか。

 

鳩がけんちゃんの腕から離れ、空に羽ばたいた。

真っ暗な夜空に飛び立った真っ白な一羽の鳩は、高く高く飛び、星のように小さくなった。

ぼくらは無言のまま、いつまでもその星を見上げていた。

 

illustration by @emu_pics

 

カトートシ

1991年生まれ

大学時代は文学批評を専攻。

書店員や美術館スタッフ、カナダでのライター経験を経た後、

2018年よりカトートシとして活動を開始。

現在は大学で働く傍ら、カルチャー関連のエッセイや小説等を執筆。

カトートシという名前は、俳人である祖父に由来するもの。

Instagram:@toshi_kato_z

 

 

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